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056.運動会

「次は借物競争だって」
 スタンド席の一番前を陣取って、手すりから身を乗り出している火原は、視線をグラウンドから動かすことなく、隣にいる柚木に話しかけた。
 まだじっとしていても汗ばんでしまうような暑さの残るこの時期に星奏学院の体育祭は執り行われる。全校生徒参加が必須で、普通科も音楽科も関係が無い。むしろ、面と向かって対立できる行事であるゆえに、熱くなりがちだ。最初から音楽科が普通科に勝つのは難しいとわかっていたとしても。
 その中で、火原は単純に体育祭を楽しんでいた。身体を動かすことが元来好きであるし、準備が行われている数週間前からお祭り気分に火が着いていて、今日は最高潮だ。
 体操服のシャツの袖を肩まで捲り上げて腕をむき出しにしている。頭に巻いた赤い鉢巻は結んだ先が火原の動きに併せて揺れる。
「火原、クラス対抗リレーの選手の召集がかかっているよ」
 柚木に言われて、スタンドの上のほうからメガホンで叫んでいる声に気が付いた。火原は手すりからようやく身をはがす。
「よーし! じゃ、行って来るよ」
「うん。ここで応援してるから」
 暑い中にも関わらず涼しげな柚木の笑顔に見送られながら、火原はスタンドの階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。すれ違う顔見知りに声をかけたり、かけられたりしながら。
 今日の火原は大活躍である。
 まず、オーケストラ部で入場行進曲を演奏するところから、体育祭は始まった。じりじりと照りつける太陽の下で、火原は高らかにトランペットを鳴り響かせた。こうして大勢と野外で演奏することはそうそう無く、それだけでも楽しいのに、体育祭というお祭りが火原の気持ちを高揚させるので、更に楽しい。
 開会式が終わるとすぐさま百メートル走が始まる。時間の都合上、これには出場しなかったが、続くプログラムの四百メートル走には出場した。それから少し休んで、障害物競走。午後からはまず応援合戦。そして騎馬戦、千メートル走、そして、今日最後でなおかつ目玉競技であるクラス対抗リレー。多分、火原のように何種目も掛け持っている生徒はそういないだろう。別に火原のクラスが人員不足というわけでもない。だが、出来るだけ良い結果を残そうとすると、脚力に自信のある火原をフル活用する必要があるのだ。しかも、火原もそれを喜んで請け負う。
 自分の競技もさながら、火原は応援にも忙しい。自分のクラスを応援するのは当たり前だが、それとは別に香穂子が出場する競技は全て間近で見ておきたい。火原と違って香穂子の競技は少なく、じっくり見ることが出来たのは飴食い競争だけであったが。ちなみに、香穂子はその他は応援合戦とクラス対抗リレーである。
 グラウンドの脇を通って、借物競争が行われているのを横目に歩いていた火原は、グラウンドを囲んでいた人垣の中からひょいと現れた香穂子を発見した。
「香穂ちゃん!」
 嬉しさに思わず声が大きくなる。
 全校生徒が入り乱れる中で、香穂子と接触することは難しかった。お昼ごはんも一緒に食べられなかったし。
「先輩! 今日は大活躍ですね!」
 香穂子も火原を見つけて、大きな笑みを浮かべる。
「見てくれた?」
「見てました! 騎馬戦の時の先輩、かっこ良かった!」
 敵の鉢巻をもいでは腕を高く振り上げる火原は、最後まで残ったのだ。
 手放しで褒められて、火原は嬉しさに頬を赤くする。
「次はライバルだね」
 クラス対抗リレーに出るもの同士なのである。
「そうですね。負けませんよ」
「おれだって」
 拍手喝采、野次も飛びまくっているグラウンドの中で、ワッと一際大きな歓声が上がる。借物競争で面白い借物が出たのだろう。無難な借物もあれば、奇を衒った借物もある。それが出たときの反応がとても面白いのだ。プライドを捨てればギリギリ借りられる物であることが多い。
「面白そうだね」
「ちょっと見て行きましょうか?」
「少しだけならいいかな」
 集合がかかっていることはわかっているが、ほんの少しなら、と二人は人垣に混じる。
 火原が人と人との隙間を作って、香穂子を前に出す。火原自身は香穂子の背後に立った。
「あ、次の走者」
 空砲が空に向かって鳴り響く。
 男子六人が一斉にスタートラインを蹴った。
 まず五十メートルほどを走って、地面に置いてある紙を取る。走者の分用意してある中からどれを引き当ててしまうかは運次第。
「あれ、なんかこっち向かって来てない?」
 一人が、しばらくグラウンド回りの人垣を見渡していた後、火原の方へまっしぐらにかけてくる。
「来てますね」
 言っているうちに、二人の前にその走者は走り着いた。
「あの! すみません、日野さん! い、一緒に、来てくださいっっ」
 肩で息をしながら、この暑さのせいか、全力疾走のせいか、顔を真っ赤にしながらその走者が要求したのは香穂子だった。香穂子はもちろんのこと、その後ろの火原も目をぱちくりと見開く。
「私!?」
 あまりにびっくりして、声がひっくり返っている。
「お願いします!」
 頭まで下げられて、香穂子は戸惑ったように背後の火原を振り向いた。
「何で、香穂ちゃんなの?」
 まさか後ろからツッコミが入るとは思っていなかったらしく、ばねのように上半身が起きる。
「あ、いえ。借物が………」
 それはわかっている。
「借物に香穂ちゃんって書いてあったの?」
「あの、いえ、その………」
 しどろもどろの返答ははっきりしない。火原と男子生徒のやりとりを周囲が面白そうに、野次を飛ばすのを控えつつ窺っている。
「先輩」
 言いにくそうにしている男子生徒を哀れに思ったか、香穂子が助け舟を出す。
「とりあえず、一緒に走ってきます。そうしないと終わらないし」
「けど………」
 火原には予感があった。どっちかというと嫌な予感。
「やっぱり、その紙見せて!」
 男子生徒が力いっぱい握っている紙を火原は指差し、そしてその手をそのまま伸ばす。
「えっ、ちょっ………」
 慌てて身を引かれたので、火原は香穂子の前に出た。自然と、香穂子を背後にかばう形となる。
 放送部が仕切っているアナウンスがやたらと盛り上げようとしているのが聞こえる。───おおっと、どうしたぁ!?───とかなんとか。
「ちゃんと言ってくれなきゃ、香穂ちゃんは貸さないよ」
 じりじりと迫っていくぶん、じりじりと後退される。紙を握った手は背後に回されてしまった。
「せんぱ───」
 火原を追って香穂子が声を掛けようとしたとき。
「好きな人ですっ!!」
 ほとんどやけくそといった大声があたりに響き渡る。
 一瞬、その周囲だけが静まりかえったあと、その反動でより大きな歓声に変わる。
 火原はぽかんと、これ以上なく赤くなっている男子生徒を見た。香穂子も似たり寄ったりの反応だ。
「おい、火原! どーすんだよ!!」
 野次馬の中から笑いを含んだ声が飛んでくる。それで我に返った。
「だ、ダメ!!」
 周囲の騒ぎに負けない大声を出す。
「それだったら、絶対香穂ちゃんは貸さないよ!」
 火原は無意識に香穂子の腕を取って自分のほうへ引き寄せていた。その行動に香穂子は顔を真っ赤にする。
 周囲の野次は更に盛り上がる。一種異様な雰囲気となったその場は、場内の視線を全て集めていたが、当人たちにしてみればそれどころではない。
「おれだって香穂ちゃん、好きだから!」
「ひ、火原先輩~~~」
 香穂子の小さな抗議はもちろん火原に届かない。
「いいじゃん、火原! これはゲームだろ。ちょっとくらい貸してやれって」
「絶対ダメ!!」
 無責任な野次に真顔で刃向かう。
「ちょっとでもいっぱいでもダメ! だって、他の男と一緒にいる姿なんて、おれ、見たくないよ。だから絶対にダメ!! それくらいなら、おれが一緒にきみの代わりに香穂ちゃんと走るよ!」
 言うが早いか、火原は香穂子の腕を掴んだまま走り出そうとする。それを慌てて香穂子が止めるが、やっぱり香穂子の声は届かない。
「こ、困ります!」
 後を追いかけるのは、本来この競技に出場している男子生徒。
 変な追いかけっこが始まっていた。

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変な話。オチもなし。何が書きたかったのかと言えば、他の人に借りられようとしているのを独占欲から阻止する火原。書きたいものは書けているが、そもそも書きたいものが変なので、変な話になるのは必然。とりあえず、体育祭が終わってから香穂子は天羽ちゃんに「あんたたち、すっごい面白かったわ! 楽しい記事をありがとう」とか言ってそう。ライバル役は名無しの男子学生。というかそれで書き上げてから、あっ、参加者の中からでも有りだったんか、ということに気がついた。だけど、じゃあ誰が張り合ってくれるのかと考えたら誰も浮かばなかった。大体、この時点で火原と香穂子は付き合っていることになっているわけで、とするとヴァイオリン・ロマンスが成立している。それを邪魔できそうな強者はいないだろうさ。だから、あの名無し君はすごいんだよ。玉砕覚悟の全校生徒の前での告白ですもん。なんとなく音楽科の二年生のような気がします。ちょっと世間知らずっぽい感じ。あ、そうだ。前にも体育祭をネタにして「学ラン」を書いたんだけど(土日で)、あのとき音楽科は体育祭に参加しないことにしてたんだった。ああ矛盾。


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