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061.日曜日

 日曜日の夕方。まだ外は完全に日が落ちていない。山の端に太陽が隠れるまでにはもう少し時間がある。
「たぁだいまぁ~」
 火原は玄関で声を上げながら、靴を脱ぎ散らかし家に上がる。
「何かあったのか?」
 ちょうどリビングから出てきた兄が、いつもと違って張りのなかった声に気付いて火原に声を掛けた。
「何もなかったよ。なんにも」
 そういいつつ肩が落ちている。繰り返された「なんにも」に、逆に何かあったのだと兄は感じて、二階にある自分の部屋へ向かうため階段を上る火原の後を付いていく。そして、火原は兄の手によって自分の部屋に入る前に兄の部屋に引きずり込まれた。
「さ、お兄さんに話しなさい」
 気付いたら、何故か部屋の中央で兄と向かい合って座っていた。
「何を?」
「何がなんにもなかったんだ?」
 うっ、と火原言葉に詰まった。
 さすが兄貴だと感心すればいいのか、それともそんなに自分はわかりやすいのかと落ち込めばいいのか、どっちにしたらいいのかわからなくなる。
 とりあえず、火原はさすが兄貴だと感心することにして、話し出した。
「日野ちゃんと会えなかったんだ」
「日野ちゃんって、普通科でコンクールに参加する女の子か」
「そう! すごいんだよ! 今までヴァイオリンなんてやったことないって言ってたのにすっごい上手いんだ。日野ちゃんの音はね、聴いてて楽しくて嬉しくて気持ちがいいんだよ。何度もいっぱい聴きたいくらい。何であんな音が出せるのかな。おれももっと頑張らなきゃな」
 嬉々として語る火原に兄は笑みを浮かべる。
 最近の火原はいつもこうだ。おかげで顔も見たことのない香穂子について、兄はすっかり詳しくなった。今、火原が言っていることも既に何度か聞いているが、火原の語るに任せて邪魔はしない。
「っと、それでさ」
 脱線してしまった話を自分で気がついて軌道修正するまでに五分かかった。
「休みの日とかって、会えなくて。どこかで練習してるんだと思うんだけど………おれ一度も会ったことないんだ。ホントは、毎日毎日会いたいんだけど、難しいよな」
 今のことを本人に言ったら間違いなく告白になるが、そういうところまでは火原は思い至っていない。香穂子に会えないことを嘆くだけでいっぱいだ。
 毎日会いたい。顔を見たい。話をしたい。音を聴きたい。
 気持ちは日に日にどんどん募っていくばかり。
「で、和樹は日野ちゃんに会えなくてがっかりしてるってわけだ」
「うん」
 火原は再びしょぼくれた。
「じゃあ、約束すればいいんじゃないのか?」
「へ?」
 きょとんと顔を上げて、まじまじと兄の顔を見つめる。
「休みの日に会おうよって、約束するだけで解決するだろ、それ」
「そ、そうか!」
 目から鱗が落ちる、というのはまさにこういうこと。
 全然思い至らなかった。
「わかった! 明日早速、日野ちゃんと約束するよ!」
 一気にテンションが上がる。
「うん、そうしよう。そうしたら休みの日も会えるもんな。兄貴、さんきゅー!」
 帰ってきたときとは正反対の晴れ晴れとした表情で、火原は兄の部屋を出る。足取りも軽やかに隣の自室へ。ばさばさと派手な音を立てながら着替えながら、香穂子とはなんて言って約束しようと案を練る。
「今度の休みに会おうよ」
 確かにそれが目的だが、何となく芸がない。それに、香穂子の都合も聞かないで押しつけるような約束はダメだ。
「日野ちゃん、今度の日曜日暇? だったらさ、会おうよ」
 何で? と自分で突っ込みたくなった。暇だったら会おうって、何者?
「日野ちゃん、今度の日曜日暇かな? それなら、どこか一緒に出かけない?」
 自分で口にしておいて、かあーっと顔に血を上らせる。ぶんぶんと首を振って熱を追い払った。なんか、すごく恥ずかしい。照れる。
「あー、どうしよう。なんて言って誘ったらいいんだろー!」
 がしがしと髪の毛をかき回す。
 シャツを脱いだ状態で、上半身裸。そのまま部屋の中央で頭から離した腕を組んで仁王立ち。傍から見るとかなり変だが、もちろんそんなところに火原の意識は回らない。
 でも会いたい。どうしたらさっとかっこよく、会いたいって言えるだろう。
「いいんじゃないか、会いたいってだけでさ」
 部屋のドアは開けっぴろげられたままだった。廊下から少し呆れた兄の声。
「だって、それじゃ何かおかしいじゃんか! 別に、日野ちゃんと付き合ってるとか、そういうんじゃないし………」
 語尾から力が抜けている。
「付き合ってなくたって、会いたいから会ってダメってことはないだろ。お前、変なところ気にするんだな」
 火原が口を尖らせるのを見て、兄はぷっと吹き出す。兄の反応に火原は更にむくれた。
「ごめんごめん」
 笑ったまま謝られても、ちっとも誠意を感じられない。
「代わりに、いいところを教えてやるよ」
「何の?」
「女の子が喜びそうなところ。そういうのがあれば、少しは誘いやすくなるだろ」
「そう、かな」
「そうそう」
 笑いを噛み殺しながら、兄は期待を少しだけ宿した目を向けてくる火原にアドバイスをした。

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火原のイベント「男のロマン」前のお話。正確には、男のロマンを起こす為に、土曜日ケーキ屋にでかけることを約束するわけですが、その前の話です。日曜日というテーマはこれでなかなか私には難しくてどう使おうと考えているうちに、日曜日とか香穂子に会えないのを寂しいと思うだろうな、火原。と思い至りまして。そこから話自体は生まれました。休みの日にも会いたいって。そういう気持ちがあって、土曜日に香穂子をケーキ屋へ誘うイベントを起こしていたら良いな~と。それだけです。ちなにこのために久しぶりにPSPコルダをしました。「男のロマン」が発生する頃には既に愛称呼びになっている二人ですが、敢えてまだそこまでは至っていないという設定にしました。誘うのにもちょっと躊躇っちゃうような関係。愛称呼びになってたら火原もなんとなく躊躇わないかな、と。といってももちろん香穂子のことは無意識に意識している状態で。 ………どうでもいいけど、兄の名前が知りたい。あ、この話、香穂子一切出てきてない!

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