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「お、終わらない………」
散らかった部屋の真ん中で火原は茫然と突っ立って呟いた。
大晦日、午後八時過ぎ。
ベッドの上に散乱する衣類、机の引き出しは全開、その机の上にも教科書やらノートやらが積み重ねられている。机の脇にある本棚も半分ほどしか埋まっておらず(そもそも火原が所有する蔵書の数は少ないが)、残りは床の上に散乱。あろうことか何冊かはページが開いている。クローゼットも開けっ放し。段ボールが引き出され、その段ボールからもなにやらがらくた(火原にすれば宝物)があふれ出している。
ガチャガチャと派手な音を立てた一角に目を向ければ、高く積み上げていたCDがとうとうバランスを崩し床とその床にあったものの上に雪崩を起こしていた。
「うわああああっ」
慌てて救済に入ろうにも、火原自身その位置からまともに動くことは叶わず―――。結果、がっしゃん、と手の下で何かをつぶしてしまう始末。
「あ―――――………」
がっくりと手をついたまま項垂れる火原の少し先のほうで、またガラッと小さな音を立てながらCDが滑っていった。
年末の大掃除。それは新年を迎えるに当たって避けられない仕事。火原家では忙しい母親に代わって父、兄、そして火原がそれぞれ分担して掃除に当たる。
火原が割り当てられたのは、風呂場と洗面所。そして自室。
午前中の内に風呂場と洗面所は済ませたので、昼食後に自室の掃除を開始した。取り立てて広い部屋でもない。だからすぐ済むだろうと高を括っていた。
ところが。
火原の掃除がすぐに済むわけがなかったのである。掃除分担を決めたのは兄であったが、火原の分担が少なかったのは、弟の性格を的確に理解していたからである。つまり、掃除を始めたところですんなり終わるわけがない、必ず寄り道をするのだ、と。
結論から言えばそれは全く間違っていなかった。
「まずいつもは片づけないところからやろう! 棚も動かして掃除しろって言われたしね!」
そう宣言して火原は本棚の中身を放り出し、クローゼットの中身も放り出し、机の引き出しも開けっぴろげた。これで床は足の踏み場もない状態。その中で強引に本棚を動かして、予想以上の綿埃を発見して、何故かはしゃぐ。
掃除機を掛けるのが面白い。ぐんぐん埃が吸い込まれていく。
そのまま机も動かして机の裏も掃除機を掛ける。
「あれ?」
掃除機が変な音を立てて何かを吸い付けた。何だろうと思って手元に引き寄せると、楽譜がくっついていた。
「あっ、これ二年の時にオケ部でやったヤツだ! 懐かしいなぁ。こんなところに落ちてたのかー」
他にも落ちてないかと、掃除機に任せていた机の裏側に顔を寄せる。光が届かないので目を凝らす。
「あれ、なくしたと思ってたシャープペンかも!」
腕一本しか入らない隙間に手を突っ込んで、それに手を伸ばす。だが、指先は床に触れるばかりでそのものに触れられない。
「よいしょっ」
机を少し前に出して再度挑戦すると、今度は埃にまみれたシャープペンを手に取ることが出来た。
「あ、違った。ボールペンだ。でも、おれこんなの持ってたかなぁ?」
首を傾げながらボールペンを机の上に放り上げた。
それからまた隙間に首を差し入れて、また他に何か無いかと探る。
「あれは楽譜かな?」
机の下からわずかに紙の端が見えている。それをずるずると引っ張り出して―――火原は肩を落とす。
「数学のテストだった………」
点数に関しては二度と見たくない。そのままくしゃくしゃっと丸めて、ぽいっとゴミ袋に投げ入れる。
「ナイッシュー!」
ガッツポーズを決める。
「他にはないみたいだなー」
火原は再び掃除機をかけ始めた。
机の裏、本棚の裏が済んだところで元の位置に戻す。今度は中身を戻していく作業が待っていたのだが、これが一番くせ者だった。
特に本棚。蔵書は少ないが、愛読書ばかりが並んでいる。
そのまま中身を気にせずに片づけをする、というさほど難しいと思えない作業が火原には出来なかった。
「どうしよう、これ………」
部屋の惨状を見れば火原でなくとも嘆きたくなる。ましてや、もう数時間で新年になろうとしているのだ。この部屋以外の大掃除は済んでいるし、一人取り残されてしまったような気分。
更に、階下からは食事の用意される匂い。それに反応するように火原の腹が大きく音を立てる。
「お腹減った~~~」
火原のその元気のない声が聞こえたようなタイミングで階下から「和樹、ご飯よー!」と母の声。
「やった!」
一瞬でテンションがあがる。体を起こして立ち上がろうとした火原の手のひらにくっついていたものがある。それがひらりと火原の手を離れ、宙を舞う。
「おっとと」
空中でそれを上手にキャッチしてみればそれは一枚の写真。
「香穂ちゃんだー」
香穂子との写真は一枚一枚大切にアルバムに閉じていたつもりだったが、どうやらこれは漏らしていたらしい。コンクール直前、少し緊張している香穂子が一人で強張った笑顔をカメラに向けている。
天羽から貰ったものだった。新聞に載せようと取ったものらしいが、変な顔だからと香穂子が断固拒否した。それがどうして火原の元にあるのかと言えば、そのとき火原もその場に居合わせたからだ。
「全然、変な顔じゃないのになぁ。可愛いのに………」
じいっと写真を見つめる。
「会いたいな」
一言、そう口にしたら、会いたい気持ちが募る。会いたくていてもたってもいられなくなる。
火原はベッドの上からジャンバーを引っ張り出す。それを羽織りながら階段を駆け下りた。ダイニングの横を通り抜けたとき、父の声が火原の名を呼んだようだが火原の足はもう止まらない。
そのまま玄関を飛び出すと自転車に跨り、香穂子の家を目指して脇目もふらずに走り出した。
玄関から出てきた香穂子は、そのままの勢いで火原の元へと走り寄った。びっくりしている表情を隠すこともなく。
「先輩、どうしたんですか!?」
「ちょっと香穂ちゃんに会いたくなって」
全力で漕いできた自転車を降りて、息を弾ませながら火原は応えた。
「えっ………と」
香穂子が返答に詰まる。
「ホントにちょっと顔を見たかっただけだよ」
「お言葉ですが、先輩。私の記憶に間違いがなければ、一昨日も学校で会いましたし、明日は一緒に初詣に行くから、そのときでも良かったんじゃ………」
「うん。そうだけど。でも会いたかったんだ。会いたいって思ったらもうどうしようもなくてさ。だから、もう帰るね。また明日!」
「せ、先輩!?」
香穂子が慌てて、自転車に跨った火原の腕を掴む。
「うん、どうしたの?」
「あ………っと、えっと、私も会えて嬉しかったです。先輩が会いに来てくれて嬉しかったです。………ちょっとびっくりしちゃったけど」
香穂子がようやく笑顔を見せた。これまでずっとびっくりしたままで固まった表情をしていたから。
「あはは。びっくりさせちゃってごめんね。じゃあ、またね!」
「はい。良いお年を!」
手を振る香穂子に見送られ、火原は最高の気分で家路についた。
そんな幸せな気持ちの火原を待っているのは散らかったままの部屋だが、今の火原にはそんなことに思い当たる余地はない―――。
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