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085.除夜の鐘

 ゴォーン………。
 低く響く鐘の音が火原の耳に届いた。
 火原はノートにつけていたシャープペンの先を浮かせると同時に顔も上げた。ずっと下を向いていたので首が強張っていた。
「ううー………んっ」
 大きく伸びをしたら、椅子の背もたれがぎしっと音を立てた。
「ふー………」
 肩から力が抜けて、そのまま横顔を机に付ける。両手はだらりと両脇に降ろす。
 静かな夜。父と母は既に床についている。兄は友達と年越しだと言って出かけている。今この家の中で起きているのは火原だけ。
(おれも出かけたかったよ………二年参りっていうんだよね)
 火原の頭の中には、年越しを神社で迎えている想像が駆けめぐっている。人混みに揉まれないように隣に立つ彼女を庇う。もちろん彼女とは香穂子のこと。
 願い事はたくさんあるけれど、一番重要な願い事は一つ。
 ―――これからも、ずっとずっと香穂子と一緒にいたい。
「って!」
 火原は勢いよく身体を起こした。
 今はそれよりも切実な願いがあることを、思い出した。
 切実な願い、それは―――。
 香穂子に逢いたい。
 もう何日、香穂子に逢っていないだろう。最後に逢ったのは、クリスマスの日だったから、かれこれ五日にはなる。こんなに逢わなかったことは、香穂子と知り合ってから、ない。夏休みだって何かにつけて毎日のように逢っていた。
 火原はまた机の上に潰れる。
 一度香穂子のことを思ってしまうと、逢いたくて逢いたくてたまらなくなる。今にも部屋を飛び出して、香穂子のところへ駆けていきたい。
 だけどその衝動は抑えなくてはならないこともわかっている。
 香穂子と次に逢えるのは、始業式。それまでは逢わないと、香穂子に宣言されたのだ。
 喧嘩をしたわけではない。香穂子に嫌われたわけではない―――たぶん。
 ここで香穂子に逢いにいったところで、怒られるのは容易に想像が付く。下手をしたら呆れられるかもしれない。そんなこと、出来るわけがない。それこそ、嫌われてしまうようなことになったら、もう立ち直れない。
 香穂子はクリスマスの日、こう言った。
「今度の実力テストで成績が上がったら、次のデートの約束をしましょう」
 実力テストは始業式の翌日にある。大学進学を控えて、三年生にとっては最後の試験になる。火原は内部進学を考えているが、もちろんフリーパスというわけにはいかない。普段の成績が評価されるのは当たり前だが、この実力テストの成績も吟味されるのである。おおよそ内部進学で落とされる人はいないと聞くが、その可能性はゼロではない。ありえてもおかしくない、と火原がやんわり担任から告げられたのが期末テストの後。そのことをあんまり笑える状況ではないと思いつつも笑いながら香穂子に相談したら、しばらく香穂子は難しい顔をしていた。その時は何も言われなかったが、それ以降、香穂子なりにいろいろ考えていたらしい。
 そして、香穂子が導き出した結論が「火原の成績が上がるまで、デートはしない」というものだった。
「デートはいつでも出来るけど、今先輩が一番やらなきゃいけないことは勉強です」
 かなり厳しい顔をして、香穂子が火原に告げる。こんな険しい顔の香穂子を火原は見たことがないくらいだった。
「勉強の邪魔になっちゃいけないから、冬休みも逢いません。今頑張ったら来年のお正月は一緒に過ごせるから」
 火原のことを思って言ってくれていることだとわかったから、火原も反論できなかった。承諾するしかなかった。
(けど………勉強してたって、やっぱり香穂ちゃんのことは考えちゃうよ)
 その時のことを思い返すとため息が出る。
(それに、よく考えたら来年は香穂ちゃんが受験じゃないか)
 また、逢えないかもしれない。
 それならいっそ、今年逢って火原は進学に失敗して来年香穂子と同じ学年で大学へ進学するというのはどうだろう。いい考えに思えた。
 だけど、それは一瞬だけ。すぐに頭の中から追い払う。
(ダメダメ、こういう考えは絶対ダメ!)
 自分を律するも、それでも香穂子に逢いたい気持ちだけはなくならない。姿勢を正してシャープペンを握ってみても、手は動かない。
(………メールくらい………いいかな。大晦日だし。来年もよろしくねっていうくらいなら………)
 シャープペンはすぐに手から放り出された。代わりに携帯電話が握られる。香穂子も徹底しているようで、休みに入ってから一つのメールも届かない。なんとなく火原からも送りづらかったし。
 香穂子のアドレスを呼び出して、メールを打つ。あまり長くならないように心がけないと、たくさん打ち込んでしまいそうだった。かなり考えて、逢いたいと打ち込んでしまいたくなる気持ちを必死で抑え込んで、なんとかまとめた。
「送信っ………と」
 画面が送信画面に変わる。
「………………………」
 じっと画面を見つめる。だがなかなか送信完了の文字が出てこない。ずっとアクセスしているのに。
 やがて―――。
「えええ!?」
 思わず出たのは絶望の声。非情にも画面に表示されたのは「送信できませんでした」。「何で!?」
 もう一度送信してみるが、結果は同じ。
 逢うこともままならない。メールすら阻まれてしまうなんて。
(ちゃ、着信拒否とかそういうの!?)
 そこまで香穂子は徹底しているのであろうか。
 ゴォーン………という鐘の音が火原の頭上に重くのしかかる。重みに負けて、またもや机に頭を落とした。
 しばらくその状態で、深夜の街に響く除夜の鐘に耳を傾ける。
(除夜の鐘って………)
 一〇八回鳴らすのだという。それは、人間の持つ一〇八つの煩悩を取り払う為らしい。
(煩悩って………いいものじゃないよね)
 手に届くところにあった電子辞書で意味を調べる。
 心を悩ますもの。
 そういうことらしい。
(なら………)
 香穂子に逢いたくてたまらないこの気持ちをも煩悩だというのか。
(それじゃあ、なくならなくてもいいよ)
 香穂子に逢いたいと思うのは、香穂子を想う気持ちがあるからだ。それがなくなってしまうなんて、香穂子に逢いたいと思わなくなってしまうなんて、そんなことありえない。
 でもこの煩悩が火原の邪魔をするのだというのなら、それなら乗り越えてみせる。
 三度、火原は身体を起こした。
 シャープペンを握る手に力が籠もる。
 頑張ろう。
 香穂子への気持ちは大切なもの。無くすわけにいかない。邪魔なものになんかさせない―――。
 そして、除夜の鐘の音を、火原は意識しなくなった。

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ううう~ん………上手く書き切れていないような………。最後の火原の気持ちの切り替えがちょっと唐突だったか………? と思わなくもないですが。書きたいことは書けたけど、も。ちなみに香穂子サイドの話も書けそうで、冬休みのお題を使うか考え中。書いても書かなくても良さそうだしな、とかね。気力があったら書きます。しかし、年末ではなく年が明けてから年末の話題を書くというのも妙な気分。


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