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086.年賀状

「う~~ん…………」
 鼻の下にペンを挟んで、火原和樹は唸った。ぎしっと椅子の背もたれに体を預ける。
 目の前の机の上には真っ白な年賀状が一枚。
 年々書く枚数が減っていく年賀状。最近では恩師に出すくらい。友人に年賀状を出すこともほとんどなかった。
 だが、今年は出したい人が出来た。出してみようと思って、早速と年賀状も買って揃えた。恩師への分はもう書き上げている。
 それなのに、肝心な人への年賀状がさっぱり進まない。何を書くかでかれこれもう二週間悩んでいる。
「あけましておめでとう。今年もよろしく………は、入れて………」
 鼻の下からペンを取って、机に覆い被さるように年賀状へ向かう。
「それから………なんて書こう………」
 ペンを持っていない方の手で、後頭部の髪をがしがしとかき回す。
「あーー………」
 そしてそのままべったりと机に伏してしまった。
「何を書いたらいいんだろ………」
 ただの挨拶文のような年賀状だけは嫌だと思ってはいるのだが、ではいざ何を書くかと考えたらわからなくなってしまうのである。
 しばらくその状態で固まっていたが、突然勢いよく体を起こすとそのまま立ち上がった。
「公園行ってこよう!」
 トランペットの入ったケースを掴むと、部屋を飛び出した。


 海辺の公園はこの時期になるとちょっと寒い。海風が冷たいからだ。夏は涼しくていいのだが、冬は敬遠されがちな場所になる。
 公園を一周して場所を探した。ついでにもしかしたらと思って人も探したが、いなかった。
 ちょっとだけ落胆しながら、海に面した手すりの傍で、海に向かってトランペットを構えた。
 馴染みの音が響く。
 弾いているうちに頭の中がすっきりとしてくる。
 弾き終わると、パラパラと拍手が聞こえた。振り返って拍手をしてくれた人に頭を下げて礼をする。
 もう二、三曲弾き終わった頃には日が傾き始めていた。指先も冷え切ってしまっている。
 冷たくなった手でトランペットを片づけると、公園を出た。
 年賀状のいいアイデアは相変わらず浮かばないが、とりあえず気持ちはすっきりした。
 CDを見ていこうかな、と考えて駅前まで来た時だった。
「あ、先輩」
 反対側からやってくる姿を見て、自然と笑みが浮かんだ。
「やあ、香穂子ちゃん。偶然だね!」
「ホントに。あれ、もしかして今日どこかで吹いていたんですか?」
 香穂子がトランペットのケースに目を向ける。
「うん。公園で。ちょっとだけ」
「そうですか。知ってたら聴きに行ったのにな」
「ホント!? じゃあ、今度はちゃんと連絡するよ」
 そう言ったら、香穂子は声を立てて笑った。
「香穂子ちゃんはお買い物だった?」
 香穂子の手には小さなビニール袋が提げられている。
「郵便局までお遣いだったんです」
「あ、年賀状?」
 こくりと香穂子は頷いた。
「先輩はもう買いました?」
「うん。ちょっと前に」
 本当は発売されてすぐに買いに走ったのだが。
「毎年大変ですよね、これ。でも、貰うと嬉しいですよね」
「そうだよね。嬉しいよね! うん。でも、書くのってすっごく悩まない? おれね、せっかく出すんだから気の利いた一言とか書きたいって思うんだけど、これが全然なんにも思いうかばなくってさ。どうしようかって困ってたんだ」
「そういうときは、私はその人とのその年の一番の思い出のことを書くことにしてますよ」
「思い出?」
「そう、共通の思い出」
「そっかぁ………」
 そうして今年一年の出来事に思いを馳せる。
 今年一番の共通の思い出といえば、やはりコンクールだろう。
「うん! そうだね。そういうのがあるんだね。ありがとう! 参考にするよ」
「いいえ、どういたしまして」
「よし。なんかかけるような気がしてきた。うん!」
 ぐっと拳を握り、顔の前で小さくガッツポーズを作った。
「香穂子ちゃん、今から帰るんだよね。送っていくよ」
「近いからいいですよ。先輩こそ用事があったんじゃ………」
「用事ってほどのことじゃなかったから大丈夫だよ。それに、もう真っ暗で夜道は危ないからさ」
 香穂子はちょっと首を傾げると、それからにっこりと微笑んだ。


「う~~ん…………」
ペンのお尻で頭をつつく。
 夕食を終えた後、部屋に引っ込んだ和樹だったが、その目の前に置かれている年賀状は依然として白いままだった。
 共通の思い出を書くのもいい、と香穂子からアドバイスを貰ったはいいが、今度は書きたいことがありすぎて、どう考えてもこのはがき一枚に収まりそうにないのである。
「うー」
 ごちんと机の上に額をぶつけた。
「どーしようかなぁ………」
 そして一つ大きなため息をついた。


 正月。
 午後になって届いた年賀状を宛名ごとに分けながら香穂子は自分宛の年賀状を見ていた。
そしてその一枚を見たときに思わず吹き出してしまった。
 印刷された年賀状が多い中で、それは全面手書きで作成されていた。それが香穂子の目を引いたし、何よりその書かれているものが彼らしくて、微笑ましかった。
 書かれている文字は「あけましておめでとう! ことしもよろしくね!!」だけだったが、それが本人の似顔絵らしきものから出ている吹き出しの中に納められていた。
 似顔絵は満面の笑みが浮かんでいる。その顔の横にVサインまで丁寧に書かれている。
 いちいち差出人を確認しなくても、それが誰なのかがすぐにわかる。
 香穂子はしばらくそれを眺めてくすくす笑っていた。

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「金色のコルダ」二次創作第1作目は、愛が溢れて止まない(笑)火原っちに登場して頂きました。やっぱり記念すべき1作目ですし。二次創作というものもこれが初めてなんですが、なかなか難しいものですね。キャラクターを掴まなければなりませんし。ちなみにこれが私の火原っちにおける解釈です。どうなんでしょう?実のところ、二次創作を書きたい、ついでに100のお題にもチャレンジしたいと思った最初の作品は「入学式」でした。ところが書き進めないでいるうちに、ひょっとこちらの方が浮かんでしまって、これが初の二次創作となってしまいました。この話はほぼ一日で仕上げてアップしたのですが、アップした後に、他の発想が生まれてしまいました。アップした話では、結局年賀状には似顔絵と簡単な挨拶を書いただけのものになっていましたが、もしかしたら、何も書かないままの年賀状を直に持っていって「おめでとう」とか言ったのかもしれないなぁ、とか考えたり。う~ん、考えが足らないですね。なにはともあれ、短いながら無事仕上られたので良しとしましょう。出来はともかくとして……。
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