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眠り姫

(何故だ………)
 菩提樹寮のサロン。その一つのソファに横になって寝息を立てているのは小日向かなでだ。
 何故こんなところで寝ているのか、理解に苦しむ。
 そろそろ眠りにつこうと思っていた火積司郎は喉の渇きを覚えて、台所へ向かおうとしていたところだった。
 帰りがけに買ってきた飲みかけのミネラルウォーターが冷蔵庫にあったので、それを取りに来たところでこの状態に遭遇したのだ。
 ソファーを見下ろして、じっとかなでの顔を見つめる。
 気持ちよさそうに寝ている。
 起こすのは忍びない。
 だが、夏とはいえ、こんなところで寝ていては風邪を引くかも知れない。
 セミファイナルへ向けて、今日も練習を重ねていた。
 こちらからすれば根を詰めすぎているのではないかと思うほどだが、それくらいやらなくては全国大会で優勝なぞ出来るわけもない。
 だから、火積はかなでの様子を傍から見ているだけにする。
 何か助けを求められた場合に助力をすることはやぶさかではないが。
 そんな毎日を過ごしているから、疲れは溜まっているだろうことも容易に予測が付く。
 だが、ソファーで寝ていては取れる疲れも取れないだろう。
「…………………………」
 どうしたらいいのだろうか。
 ソファーの下には楽譜が散らばっている。譜読みをしていたのだろう。
 とりあえず、しゃがみ込んでそれを拾い集めた。
 寮内は静かで、火積が楽譜を拾う音だけが微かに響いている。
 だが、その静けさをすぐにぶち破る騒々しさが居間にやってくる。
「あっれ~? かなでちゃんだー!」
 水嶋新だ。かなでが寝ていることも夜であることも考慮しない声の大きさに、素早く立ち上がった火積はその頭を遠慮無く殴った。
「あいたっ! 何? 何で? あれっ、火積先輩!?」
 しゃがんでいたせいで、新は火積の存在に気づいていなかったらしい。
「ちょっと、やらしい………何してたんですか?」
 真っ先に言うことがそれか。
 もう、いろいろな意味で。
「うるさい」
「あっ、否定しない! かなでちゃん、かなでちゃん! こんなとこで寝てたら襲われちゃうよ!」
 もう一発殴った。
「ひ、ひどい………」
「黙ってろ」
 しかし、かなでもかなでだ。この騒動で目を覚まさないとは。
「でも、こんなところで寝てるのって良くないよね。しょうがないな~。オレが部屋まで運んであげるよ」
 ウキウキした語尾が火積をイラッとさせた。
「よせ」
 ガツン、ともう一発。
「ま、また殴った………三連発! 酷い! 暴力だ!!」
「やかましい」
 そう言うと、かなでを両腕に抱え上げる。
「せ、先輩何をする気ですか!!」
 ギロっと睨みをきかせると、その場を後にする。
 向かったのはニアの部屋だ。
 ニアはまだ起きていた。宵っ張りである。
 正直、助かった。
「なんだ?」
 とはいえ、ドアから顔を出したニアは面倒くさそうな表情を隠そうとはしていない。
「すまない。こいつをどうにかしてくれないか」
 ずいっと両腕のかなでを差し出す。相変わらず整った寝息を立てている。
 少しの間あっけにとられていたニアは、最終的ににやっと笑った。
「かなでの部屋はこっちじゃない。隣だ」
「そんなことは、わかっている」
「じゃあ、さっさとそっちへ行けばいいじゃないか」
「いや、しかし」
「ああ、ドアを開けられないのか。それくらいなら任せておけ」
 そうじゃない。
 いや、それも一つあるがそうではなく。
 ニアはさっと火積の前をすり抜けて、かなでの部屋のドアを開けてくれた。
 そして、火積を中へと誘導するように手で指し示す。
 火積は目に見えて狼狽えた。
 困るのだ。
「何をしている?」
 ニアはわかっているのかわかっていないのか、火積を急かす。
 火積は恐る恐るそちらへ近づいていった。
 火積が近づくと、ニアは入れ替わるようにして自室へと戻っていく。
「じゃあ、後は任せたぞ」
 何を返す間もなかった。
 ニアはあっさりと自室のドアを閉めてしまった。
 かなでを抱えたまま、火積はかなでの部屋の前で呆然と立ち尽くす。
 あと一歩踏み込めばかなでの部屋に入ることができる。
 だが、それが火積には難しいのだ。
 うら若き女性の部屋に入るということが、火積に冷や汗を流させる。
 これが新ならきっと何の躊躇いもなく入っていくのだろう。
 新ならかなでをさっさとベッドに寝かせることも出来るだろう。
 だが、それはさせたくなかったのだ。
 だから、自分がどうにかするしかない。
 火積は腹に力を込めて、ついでに息を詰めて、かなでの部屋に一歩足を踏み入れた。
 部屋の作りは火積が借りているものと同じなのに、全く違うように見えた。
 だが、あまり周囲には目をやらずにまっすぐベッドを目指す。
 ベッドにかなでを降ろすと、ホッとした。
 だが、このままではやっぱり風邪を引きかねない。
 足下に寄せられていた掛け布団をそっと掛けようとして、ばさりと火積の足下に何かを落としてしまう。
 それを目で追って―――これまでになく狼狽えた。
 制服だった。
 本当は皺になっては困るから拾ったほうがいいとわかっている。
 だが、出来ない。
 出来るわけがない。
 火積は、慌ててかなでの部屋から脱出した。
 後ろ手にドアを閉めて、息を吐き出した。
 それまで息を詰めていたことにようやく気がつく。
 次にはかあっと体中に熱が広がって熱くなる。
 どっと汗が全ての穴から流れてくるようだ。
 火積は急に力が抜けたようになって、その場にしゃがみ込むとしばらくそこから動けなくなってしまった。

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最初に攻略中の火積。女の子の扱いも慣れていないだろうな~というところから生まれた話。しかも、気になってるともう手出しするのも恐がりそう(^_^;) 一線を越えるには結構時間がかかりそう。最初はソファーでかなでが寝ていたら、単に掛け布団を持ってきて掛けてあげるだけなんだろうな~と思ってそこら辺を書こうと思ったんですが、それを書いても何も面白くないよな、と新を出したらこんなことになりました。ニアは最後まで火積の様子を窺っていて、面白がっていそうですv
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