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098.ホワイトディ

「じゃあ、十四日はデートしましょうね!」
「うん。行き先は香穂子ちゃんが決めていいからね」


 約束したのは、先月の話。
 バレンタインデーの日、アルバイト先の都合でデートを土壇場でキャンセルすることになってしまった。だから、ホワイトデーこそは一緒に過ごそうと約束をした。
 今度はドタキャンするわけにいかない。
 そう思って、早くからアルバイトも休みを取っていたし、他の用事も断っている。
「本当にすみません。その日だけは………。ハイ。…………あ、それでしたら、代わりに行ってくれそうな人がいますので。はい、こちらから当たってみて、また折り返し連絡します」
 ピッ、と軽快な音と共に通話を終了させる。
 しかし、すぐに携帯電話のメモリから一つの番号を引き出す。
「ちょっとごめんね」
 王崎の横で公園の鳩にえさをやっていた香穂子は「はい」と言う代わりに、笑顔で頷いて見せた。
「王崎です。今大丈夫かな」
 鳩が喉を鳴らしながら、ポップコーンを啄ばんでいる。
 寒暖の差が大きいこの頃。急に寒くなったかと思えば、今日のように五月上旬の気温になったりする。
 ぽかぽか陽気に誘われて、アルバイトまでの僅かな時間を香穂子と会うことに費やしたのは良いが、その間、王崎の電話はしょっちゅう鳴っていた。
 いつものことと言えばいつものことなのだが、これではおちおちデートもしていられない。それどころか、ホワイトデーのデートも台無しになってしまいそうな気さえする。
 折り返しの連絡を入れ終えて、王崎はようやくほっと一息ついた。
「本当にごめんね」
「先輩が謝ることないですよ。先輩のせいじゃないんだし。それにたくさんの人が先輩を必要としているってことでしょう? それってすごいことなんですから、謝るのはおかしいですよ」
 手の中に残っていたポップコーンをすべて放り投げて、香穂子は王崎の正面に立った。
「そうは言うけど、香穂子ちゃんは迷惑じゃない?」
「そんなことないですよ! こうして僅かな時間でも一緒にいようって思ってくれるだけでも嬉しいのに。先輩こそ、わたしのために無理したりしないで下さいね」
 満面の笑顔でそう言われて、王崎は笑顔で頷くしかなかった。微妙に眉が下がっていたのに、香穂子は気づかなかった。


 香穂子は物わかりが良すぎる。我慢強い。
 それは王崎にとって大変ありがたいことではあったが、その一方で寂しい気持ちを沸き上がらせるものでもあった。なんだか、あてにしていないと言われているような気さえしてしまうのは、思い過ごしなのかも知れないが。
 だからこそ、明日のホワイトデーのデートは、誰にも何にも邪魔されることなく、過ごしたい。
 そう強く思っていた。
 王崎は従業員用の控え室で帰る支度をしていた。
「王崎君」
 部屋のドアを開けて顔を覗かせたのは店長だった。
 嫌な予感がした。
 そしてその予感は当たる。
「申し訳無いんだけど、明日入れないかな? 急に駄目だって言い出した子がいて………」
 言葉通り申し訳なさそうな顔をして、顔だけを部屋の中に入れている店長に、王崎は逡巡することなく返事をする。
「すみません。明日はどうしても駄目なんです」
 いつもなら、少し考えてから返事をする王崎が即座に答えを出したので、店長は目を瞠る。それでも簡単には引き下がらなかった。
「どうしても、駄目かな」
「駄目ですね」
 またも即答した王崎に、店長は引き下がるを得なかった。これほどまでに強く断られたことはなかったので、余程の理由があるのだろうと察して。
「そうか。すまなかったね。他の人を当たろう」
 店長は首を引っ込める。
 だが、ドアを閉める前に、未練がましくもう一度顔を覗かせると「駄目、かな?」と弱々しい口調で縋り付いた。
「ええ。駄目です」
 にっこり、と表現したくなる王崎の笑顔に、今度こそ店長は退散していった。


 ホワイトデー当日を無事に迎えた。
 観覧車に乗りたいと言った香穂子と連れだって歩く。
「先輩、ホントに大丈夫ですか?」
 気遣わしげな香穂子の表情に王崎は苦笑するしかない。
「大丈夫だよ。今日はゆっくり過ごそう」
 王崎がそう請け合うと、香穂子の顔にぱぁっと笑みが広がる。
 その顔を見て、王崎は良かったと心から思う。
 やっぱり会っている途中で邪魔が入るのは、香穂子としてもあまり気分のいいものではないのだ。なんてことないというふうを装っていても。
 今日一日は何があっても香穂子と過ごそう。香穂子のために時間を使おう。
 王崎ははしゃいでいろんな事を話す香穂子を見ながら、改めてそう意識を強く持った。


 だが。
 事態はそう思い通りに進むわけもなく。
「はい。すみません。…………はい」
 王崎の携帯電話が鳴らなかったのも、昼までのこと。昼食を終えた頃からぽつぽつと電話が鳴り始めたのだった。その度に香穂子に断って電話に出る。
 無視することも、電源を切ることも出来なかった。
 そのことを考えなかったわけじゃない。だが、無視しようとしても香穂子が「電話、出ないんですか?」と訊いてくるし、電源を落とそうとしているところを見つかって「駄目ですよ!」と窘められた。「何か、大事な連絡が入ったらどうするんですか!」と。
 香穂子の言うことはもっともで、王崎も無視をしたり電源を切ったところで、余計電話の事が気になるのはわかっていた。
「ホントにごめんね……」
 王崎は肩を落として謝る。
「だから! 先輩が謝る事じゃないですってば」
 香穂子はそう言うが、朝あんなに嬉しそうに笑っていた香穂子を思い返せば謝らずにはいられない。
「でもね………」
 更に言い募ろうとした王崎の言葉を邪魔したのは、やはり携帯電話の呼び出し音だった。香穂子が視線だけで電話に出るよう促す。
 ディスプレイに表示されている名前に、自然と眉を顰める。
「はい、王崎です。お疲れ様です。……………………えっ!? でも、今日は無理だって………」
 アルバイト先の店長からの電話は、案の定アルバイトに入ってくれ、というものだった。どうしても代わりが見つからなかったらしい。
「そう言われても……」
 困るのだ。
 ちらりと、横に並ぶ香穂子に目を向けた。その視線に気づいた香穂子が見つめ返してくる。電話中は邪魔にならないようにと、周りに目を向けている香穂子である。それでも言葉の端々から電話で何を言われているのかわかってはいたのだろう。口パクで「わたしのことは気にせずに」と言う。
 だが、そこで王崎が頷いてしまうわけにいかない。初めに大丈夫だから、と言ったのは王崎のほうなのだから。
「今日はどうしても………」
 そう断りかけた王崎の手から携帯電話がもぎ取られた。もちろん犯人は香穂子だ。
「香穂子ちゃんっ……」
 制止も取り返すことも間に合わなかった。
 香穂子は電話口に向かって話し始めた。
「今からすぐそちらへ向かうようにしますから! ちょっと待っててください。では」
 勝手に通話を終わらせてしまった。
「香穂子ちゃん!」
 半ば怒鳴りつけるような強い口調になってしまった。こんなふうに声を荒げたことは記憶になかった。
 香穂子にしても、王崎が怒鳴ってくるとは思っていなかっただろうが、その強い声に怯むことなく、正面から王崎を見つめて、ずいっと携帯電話を返してくる。
「先輩。いいから行ってください」
「でも、いつもそうやって香穂子ちゃんは言いたいことを我慢してるでしょ。俺、そういうのをさせたくないんだ」
「我慢してません!」
 王崎の口調が強いのに対抗するように、香穂子も強く出る。
 往来で立ち止まって向かい合い、言い合っている二人を通行人は横目で見ながら通り過ぎている。だが、言葉の応戦に熱中している二人はそのことに気づかない。
「先輩が困っている人を見過ごすのを見ちゃうほうが嫌です!」
 その言葉に王崎は絶句する。その隙を見逃さずに香穂子はたたみかけた。
「先輩がいろんな人に優しいのも、頼りにされているのも、そういうところをひっくるめて全部好きだから。時々悔しいなって思うこともあるけど、やっぱり先輩のこと好きだし。そういうのが先輩だし。だから、先輩にも思い通り動いていて欲しいです。わたしが足枷になるのは嫌です」
「香穂子ちゃん………」
 あまりに情けない顔をしてしまっていたのだろうか。香穂子がふっと相好を崩す。
「行ってください。先輩とはまた別の機会に時間を持てばいいだけの話ですし。何なら、バイト先まで一緒に行きましょうか?」
「いや、それは……」
 結局、王崎はアルバイトへ行くことになった。そこで香穂子とは別れた。せっかくだからブラブラして行きます、と言うので。
「じゃあ、また連絡するから」
「はい」
 笑顔の香穂子に見送られ、王崎はその場を後にしたのだった。


「あれ、香穂。一人?」
 王崎を見送った香穂子の背後から声がかかる。
 天羽だった。
「うん」
「今日はデートだって、すっごい喜んでなかった? 昨日」
 天羽には王崎との進捗状態を事細かに話している。というよりむしろ天羽から聞き出されているというのに近いが。
「今までデートしてたよ」
「今までって………まだ二時だけど」
「そうだね」
「相変わらずお忙しい人だねぇ、王崎さん」
 天羽の言葉に香穂子は曖昧に笑った。
「じゃあさ。わたしとデートしよう。買い物、付き合ってくれない?」
 断る理由もなく香穂子は頷いた。
「それにしても、香穂も我慢強いっていうか、物わかり良すぎよ。もっとこう、わたしに構ってー! って叫んでみたらどう?」
 ひとしきり歩いたところで、オープンカフェで休むことにした。
 それぞれの好みの飲み物を前にして、天羽が切り出す。
「それが出来たら苦労しないよ……」
「それもそうだ」
 あっさり天羽は頷いた。
「わたしのライバルは、先輩なのかもー」
 香穂子はテーブルに肘をついた。
「何それ」
「優しくてしょうがないから、先輩は頼みを断れないし。それだからデートもゆっくり出来ないの」
「あぁ、なるほどね」
 はぁっと香穂子は盛大なため息をついた。
「でも、そんな先輩だからいいんだけど」
「それはまー。ごちそうさま」
 天羽はやれやれと肩を竦めて、自分の飲み物をストローですすった。

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なんとかギリギリ、ホワイトデーに間に合いました! というか間に合わせました。ネタ自体はバレンタインの話を書き上げた時からあったんですけどね。あれよあれよという間に時間が過ぎていました。しかも書き始めたはいいけど書き進まないし、ようやく書き進んだと思ったら、また長々となってしまい………。ヤレヤレです。そんなわけで、今回は王崎先輩。こんなに電話がひっきりなしに掛かるほど忙しい人なのかなぁ? という疑問はありましたが。ま、象徴的だと思えば(なんだそれは)。この香穂子ちゃん、とってもイイコですねぇ。ホントに物わかり良すぎ。「仕事とわたしとどっちが大事なの!?」なんて、間違っても言いそうにないですねぇ。その愚痴を友達に漏らしてるところがまた可愛いですが。それにしてもこの話。別にホワイトデーである必要はなかったような気がしますね。
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