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028.夏

(……………寒い)
 香穂子はむき出しの二の腕を両の手で無意識に擦った。

 今日は暑い日だった。少なくともこの夏一番の暑さだ。
 先週買ったばかりの白いワンピースをここぞとばかりに下ろした。いっぱい試着して悩みに悩んで決めた服だった。
 今朝着たときも、何度も鏡の前で確かめた。
 大人っぽく見えるかな?
 鏡の中の自分に問いかけても返る答えはない。
 香穂子は隣の部屋にいる姉のところまで訊きに行った。姉はベッドの上でまだ熟睡中だった。昨日は飲み会があって帰りが遅かったから、今朝は思い切り寝坊するつもりだったのだろう。そこをたたき起こしての質問である。
 大変不機嫌な声を出して体を起こした姉はそれでも「いいんじゃない」と言ってくれたが、まだ不安が残る。
 ぐずぐずしている香穂子を姉はドレッサーの前に座らせた。
「はい。これでどう?」
 香穂子の髪はくるりとアップされていた。ぐっと印象が変わる。大人っぽく見える気がして、嬉しくなった。礼を言って姉の部屋を出る。
 鏡の前でもう一度一回りして確認すると、気温がどんどん上昇している街へと出かけた。


 待ち合わせはいつも喫茶店。
 じっとしていても汗ばむほどの暑さからようやく逃げられたことにほっとする。店内の冷房が火照った肌に気持ちよかった。
 喉が渇いていたのでアイスカフェラテを注文する。
 運ばれてきたそれを一気に半分ほど飲んでしまうと、ようやく人心地ついた。
 窓側を避けて店の奥のほうに陣取った。入り口を向いて座っているのは待ち人が来るのをいち早く発見するため。
 ストローでグラスの中をかき混ぜながら、香穂子はぼんやりと店内を眺めていた。
 残りのカフェラテをちまちま飲んでいるうちに、体の火照りが取れていく。それどころか体が冷えていく。この暑さにエアコンも強くかけているのだろう。更に香穂子が座っているところには、吹き出し口からの冷風が直撃している。初めこそ風が当たって気持ちよかったが、どんどんつらくなっていった。
 そして、カフェラテが残り三分の一になった頃。
 香穂子はあまりの寒さに腕を擦ることになったのだ。
 席を移動しようかとも考えていたが、香穂子が店に入ったときにはいくらか空いていたテーブルも今は満席のようだった。出来るだけ冷風が当たらないようにと、壁際へ身を寄せたがあまり変わらなかった。


 待ち人はそれから十五分後にようやくやってきた。入り口にその姿が見えたときにはいろんな意味で嬉しかった。
「すまん。待たせたか?」
 暑さで少しだるそうである。暑くなくとも幾分かはだるそうにしている人ではあるが。
「いいえ」
 香穂子は笑顔になって否定する。
「あー、モカ。アイスで」
 お冷やを持ってきた店員に、メニューも見ず注文している。やはり外から入ってきたら飲みたくなるだろう。それが飲み終わるまではここから動くことは出来ない。
 香穂子は腕を擦ることを我慢してじっと座っていた。
「しっかし、今日は暑いなぁ。映画にしといて良かったなぁ」
「そうですね」
 にこにこと言葉を返す。
 モカを一気に飲み干しているのを見て、香穂子は内心ほっと息をつく。グラスが空になったらさりげなく素早く出ようって言おう。
 さりげなく素早くという高等な技を香穂子が使えるかどうかは難しいところだったが、とにかくこの冷房の下でそれ以上我慢するのは限界だった。
「じゃあ、行くか」
 腕時計の時間を確認して、向こうからそう言ってくれた時には心底良かったと思った。
 喫茶店を出ると強い日射しと熱気が待っていたが、それすら今の香穂子の肌には心地よい。
「相当寒かったんだろうが。何で我慢してたんだ」
「え?」
 どうやら香穂子が寒がっていたのに気づいていたらしい。
「鳥肌。見えてたぞ」
「ええっ!」
 それはかなり恥ずかしい。香穂子は赤くなる頬を手で隠した。
「腕をむき出しにしてるからだ。何だってそんな服にしたんだか。ちょっと考えれば想像が付きそうなもんだろうに」
「だって………」
 香穂子は肩と視線を落とす。
「一緒に歩いておかしくないようにって思ったから………。少しでも近づきたかったから」
 何が、とははっきり言わない。
 それでも相手にはちゃんと伝わったようだった。
「ばっかだなぁ」
 ぽんと大きな手のひらが香穂子の頭の上に乗る。そのままその手が、姉が結ってくれた髪を器用に崩す。さらりと香穂子の長い髪が肩に落ちる。
「気持ちは嬉しいが、そのまんまのお前さんで充分だよ。無理して大人ぶることもないさ。いずれそうしなきゃならなくなるまではな」
 隣を歩く人の横顔をじっと見つめる。
「何だ?」
「何でもないですっ」
 じわりと心の中が暖かくなるような言葉に、自然と笑みが浮かぶ。
「じゃあ、我慢するのやめた!」
 そう言って、香穂子はがしっと腕に抱きつく。冷え切っていない相手の体温が触れている部分からしっかり伝わってくる。暖かくて気持ちがいい。
「って、コラ。ぶら下がるな。歩きにくい」
 咎めるような言葉も本気ではないことがわかっているから、香穂子は離れようとはせず聞き流す。それどころか更に体を寄せた。半袖から出ている腕に頬を当てると、もっと暖かくなった。
 香穂子は気持ちそのままに笑みを浮かべていたが、その頭上からも香穂子の見るからに幸せそうな顔に暖かな笑みがこぼれていた。

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またも、当初考えていたものと違ってしまった話です。これと同時に「078.冬」を書いたのにはちゃんと理由があります。そもそもの始まりは、どちらかと言えば火原っちから抱きつくことのほうが多そうな火日カップル。これが香穂子のほうから抱きついたら火原はそりゃあびっくりするだろうってことでネタを考え始めました。抱きつくには何らかの理由があるだろう(そこで気持ちのままに抱きつくことを思いつかない書き手……)、あ、冷房効き過ぎているところにいたら、他人の体温が酷く恋しくなるよね! と思いついたのがこの夏の話。ところがなんとなくそういう理由では火原っちに抱きつかないかも知れないうちの香穂子ちゃん。じゃあ相手を替えなければってことで土浦氏を考えていたのですが、夏の前に冬で火原っちを書いている内にどうも違う、これは大人じゃなきゃダメだと急遽金やんにその役が振られたのでした。良かったね、金やん。本文中では一切金やんの名前を出していませんが、わかるように書いているつもりです。しかし、金やんの名前を出さずに書くの、辛かったです………。

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