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034.先生

「先生、先生!! 早くー!!」
 遊園地のゲートを潜った香穂子は後ろからのんびりやってくる金澤を振り返り、力一杯手を振った。
 デート。
 そう言ってもおかしくない、金澤との初めての外出。卒業してようやくおおっぴらに二人で出かけることが出来るようになった。たったそれだけのことだけれど、ずっと夢見ていたこと。いつも以上に香穂子がはしゃいでしまうのも無理はなかった。
 遊園地のパンフレットを広げて、まずは地図を見る。そうしているうちに金澤が香穂子に追いついた。
「先生! 最初は何にしましょうか!」
 顔中を笑みで満たして、香穂子は金澤を見上げた。
 その香穂子の額をぱちっと叩く。
「痛っ」
 そう力は込めていないが、音が出るほどではある。香穂子は笑顔を引っ込めるとおでこをさすりながら口を尖らせた。
「いきなり何するんですかー」
「いつになったらその呼び方変えてくれるのかねぇ」
 ため息と共に金澤は言葉を吐き出した。遊園地に入るまで吸っていたタバコの臭いがふわりと香穂子に届く。
「何のですか」
「先生、先生って連呼するな。妙な視線を浴びる」
「あ…………」
 ようやく香穂子はそこで未だに自分が金澤のことを「先生」と呼び続けていることを認識した。
「そ、そうですね。じゃあ、なんて呼んだらいいでしょう」
「んなこた、自分で考えてくれ」
 そう言って、金澤は香穂子の手から遊園地の地図を取り上げた。
 金澤が地図に見入っている間、香穂子は金澤の呼び名を考えていた。
 香穂子にとって、金澤のことを「先生」と呼ぶのはもう癖のようなものだ。お互いの存在を特別なものと認識するようになったのは在校中だが、学校にいる時と二人きりの時で呼び名を変えていては、うっかり間違う可能性もあるということで、ずっと「先生」で通してきたのである。そこをいきなり違うように呼べと言われても、そんなに簡単には変えられない。
 だが、ずっと「先生」と呼んでいるのもおかしいとわかっている。
「じゃあ、金やん?」
「…………何で疑問形なんだ。別にそれでも構わんが、それじゃあ先生と呼ぶのとそう変わらないだろう」
 これだと、何も知らない赤の他人から妙な視線を浴びることはないとは思うが、確かに恋人同士っぽくはない。
「ええっと………じゃあ、金澤さん」
「他人行儀だな」
 香穂子自身わかっていたので、反論はしない。というよりも、他の呼び方を思いついたのだが、あまりに恥ずかしくて口にした呼び方だった。
 だが、その呼び方しか、金澤は納得しそうになかった。出来れば、香穂子もそう呼びたい。
「って、でも、恥ずかしいよぅ~」
 両手で頬を押さえる香穂子を、金澤は呆れた目で見る。
「何を思いついたのか知らんが、こんなところでいつまでも突っ立っているのは変だろう。どこかに移動しよう。もうすぐ昼になるし、何か食べるか」
「えー! 時間がもったいないですよ! とにかく何かに並びましょう!!」
「……………覚悟はしてきたけどなぁ……」
 ぶつぶつ言う金澤の腕を取って、香穂子は歩き出した。
 遊園地に来ること自体、実は金澤はあまり乗り気ではなかった。それでも一緒に来てくれたのは、香たっての希望であったからだ。最初のデートの場所は香穂子に選ばせてくれた。
「さっ、行きましょう! 先生!」
 言ってしまってから、香穂子ははたっと口を押さる。金澤はやれやれと肩を竦めて見せた。


「…………怒ってる……」
 助手席に座り、シートベルトを締めた香穂子は、運転席で同じくシートベルトを締めている金澤をじっと見つめた。
「呆れてるだけだな」
 容赦なく言うと、金澤はアクセルを踏み込んだ。
 遊園地の駐車場から緩やかに走り出す。
 既に日は沈み、夜が訪れていた。明々と電飾に満ちた遊園地を後にして、車は次第にスピードを上げていった。
 結局。
 今日一日、香穂子は金澤のことを「先生」と呼び続けたのだった。言ってしまった後にすぐ過ちに気づくのだが、次の時には忘れている。
「さて、どうしようかねぇ」
「どうしようって………」
 金澤は信号待ちの間に、タバコに火をつけた。
「じゃあ、俺が気に入る呼び方をしない限り、俺は返事もしないし、お前さんの言うことも聞かない。よし、これでいこう」
 口にタバコを銜えたまま、器用に金澤はそう言った。
「ええっ!?」
「そういうことで」
 有無を言わせず決めてしまうと、ぐんっとアクセルを踏み込んだ。


 困ったのは香穂子である。
 帰りの車中は静まりかえっていた。
 話しかけても金澤からの返事がないので、会話にならない。名前を呼ばずに話しかけているのだが、それも駄目らしい。
 覚悟を決めるしかないようだった。恥ずかしい、なんて言っていられない。話が出来ないのは辛い。
「えっと、あのぅ………」
 それでも口ごもってしまう香穂子を、金澤は横目でチラリと見たが、香穂子のほうはそれに気づかず、前方を見つめたまま顔を赤くして必死の形相。
「あの………ひ……」
 端から見ていて呆れるくらい、肩に力が入っている。
「ひ………紘人さん!!」
 それは殆ど悲鳴に近いような叫びだった。叫びながら香穂子はぎゅっと堅く目を閉じていた。
 そして沈黙。
 金澤からのリアクションがない。
 これも駄目なのか、と肩を落とし香穂子はそうっと目を開いた。金澤の様子を窺う。
 金澤は前方を注視したまま、片手でハンドルを切っている。タバコの煙を外に流すため半分開いたパワーウィンドウからタバコの先を出している。
 ため息を吐き出しそうになるのを堪えた。
 他にどう呼んだらいいのだろう。今の呼び方だって、相当勇気が要ったのに。
「………………すげぇ、叫びだったな」
 ようやくぽつんと返事が返ってきた。
「え?」
「もうちょっと普通に呼んで欲しいけどな」
 外に出していたタバコを一口吸って、そのまま車の灰皿に押し付けて火を消した。
「じゃあ……」
「いいんじゃないの? それで」
 投げやりな言い方に、香穂子の口が尖る。
 でも、返事が貰えたのだ。これで話が出来る。
 早くその呼び方に慣れるように練習しよう。


 家の前に車を横付けする。
「じゃあ、気をつけてな」
 車を降りる香穂子に、座ったままの金澤はそう声を掛ける。家の前だというのに、気をつけるもなにもないような気はするが敢えて逆らわずに「はい」と頷いた。
「それじゃあ、また。おやすみなさい………紘人さん」
 助手席のドアを閉める前に、香穂子はそう言い残した。その頬が僅かに上気していたのは、夜の暗さで気づかない。
「おう」
 香穂子が玄関の中に入ってしまうまで、金澤はそこを動かなかった。
 そしてその姿が完全に金澤の視界から消えてしまってから、金澤はハンドルに顎を乗せた。深く深く息を吐く。
「やばいよなぁ………」
 名前を呼んで貰うことが、こんなに心地いいと思わなかった。
 耳に残る、香穂子の声。
 どんどん深みに填っているような気がする。
 ふーっと、もう一つ息を大きく吐き出してから、ようやく金澤は車を発信させた。

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実は書き始めてから長いこと放置していた話です。「095.卒業式」よりも僅かに前に書き始めていたのですが、後半がなかなか仕上がらずに………。そんなわけで。「先生」と来たら、やはり金やんでしょう、ということで。何のひねりもないですけども。香穂子ちゃんが、最終的に金やんのことをどう呼ぶのかは迷いました。いっそずっと先生でも構わないかなーとは思っていましたが、何処に行っても先生と呼ばれるのは金やん的に面白くないだろうなぁ、と。ミイラ取りがミイラになってちゃ意味ないですけどね、金やん。話の流れ的には、「卒業式」後。ようやくおおっぴらにデートに出かけることが出来たというところ。でも、常々思っていましたが、天羽ちゃんにはバレてるんだよねー。ゲーム中ですら「最近、金やんと仲いいみたいね」というようなことを言われるくらいだしさ。完全秘密は難しいよね。
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