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045.遊園地

「遊園地ー!」
 叫んで真っ先に入場口をくぐったのは火原だった。それに続いたのは土浦だったが、火原と同じようにはしゃぐのではなく、少し落ち着いて欲しいとばかりに火原を窘めるためだ。
「一人で先に突っ走らないでくださいよ」
 呆れの混じる声に、火原は屈託なく笑って謝る。
「ごめんごめん。久しぶりでつい」
「随分、楽しみにしていたからね、火原は」
 柚木が整った笑みを浮かべて火原のフォローをする。
「あれ? みんなもそうじゃないの?」
「僕は楽しみというより、興味があるだけだけどね」
「柚木先輩は、もしかして遊園地は初めてだとか………」
 遠慮がちな土浦の問いかけに、柚木は頷く。
「なかなか機会がなくてね。話には聞いていたけれど、実際に来るのは初めてなんだよ」
「へぇ………そうなんですか」
 さすがは御曹司とかなんとか思っていそうな顔である。
「月森もそんな感じだよな」
 そのままの顔に、僅かに嘲笑を載せて土浦は背後を振り返った。ちょうど、月森が入場したところだった。
 あからさまな土浦のからかいの言葉に、眉を顰める。
「幼い頃に来たことがある」
 不愉快だと思っている表情も隠さず、つっけんどんに言い返している。相手の言うことがかんに障るのなら無視しておけばいいのに、いちいち返している律儀さが妙である。しかも、返す言葉にも刺があるから、土浦もまた神経を逆なでられているのだと、周囲は気づいているのに、当の本人たちだけ構わず険悪になっていく。もしかしたら、気づいてはいるのかもしれない。後に引けなくなっているだけで。
「まぁまぁ、お二人さん。こんなところまで来ていがみ合わなくてもいいでしょ。楽しまなきゃ損だよ!」
 見かねて間に入ったのは天羽である。その天羽を応援して王崎も言葉を重ねた。
「せっかくみんなで来てるんだから。天羽さんの言うとおり楽しまなくちゃ」
 王崎にまで言われてしまっては、月森も土浦も黙るしかない。
「………何で、全員揃ってここに来なきゃならなかったのかは、未だに不可解だがな」
 ぼそっと、離れたところで漏らしたのは金澤だった。
 香穂子はそのすぐ前にいたので、金澤の小さな呟きをしっかり聞き取った。
「そんなこと言わないで。みんな仲良くするのはいいことなんだし」
 金澤の気分を盛り上げるべく、香穂子はあれこれと手を尽くして来たが、今の今に至るまで成功していない。こうして一緒に来てくれただけマシだと思わなければならないような状態だ。
「貴重な休日を潰して引率まがいのことをやるなんて、俺もどうかしてるわ」
 金澤のぼやきはなかなか無くならない。
「先生………」
「あー………。悪い」
 さすがに困り果てた香穂子に気がついたのか、金澤は謝罪の言葉を口にする。
「お前さんにぼやくつもりはなかったんだがな。この口がついつい」
 金澤は一度だけ香穂子の頭をぐしゃりと撫でると、前に進み出た。
「んじゃあ、適当に遊んでこいよー。喧嘩はすんな。他人に迷惑もかけるな。火原は買い食いしすぎるなよ。あと、俺を差し置いて先に帰るのだけは絶対なしな」
「何でおれだけ………」
 火原は一人だけ注意された内容に納得がいかないらしい。
「金やんはどうするのさ」
「俺は、適当に過ごす」
「生徒置いて真っ先に帰ってそう」
「何を言う。この休みに、わざわざお前らに付き合っているこの俺こそ、教師の鏡だろうが。そんな俺に失礼だぞー」
「今更、いい教師ぶられてもなー」
 天羽も土浦も容赦ない。香穂子は金澤の陰で笑いを溢した。
「あーうるさいうるさい。さっさと散った!」
 ひらひらと金澤は手で追い払おうとする。
「何だよー。それじゃみんなで来てる意味ないじゃん」
「俺以外で仲良くやってればいいだろうが。年寄りは大人しくしておくさ」
「しょうがない。年寄りは放っておいて、楽しみましょ………って、冬海ちゃん、どうしたの?」
「あ、あの………志水くんが………」
 冬海が、少し離れたところでおろおろしている。視線が落ち着かないのは、集まっている面々と、正反対の方向とを往復しているからだ。
 全員が冬海の視線を追って、一人ふらふらとメリーゴーランドのほうへ歩いていく志水を発見する。
「志水くーん!」
 声を上げて駆け出したのは火原だった。他の面々もそれぞれにその後を追う。
 最後をノロノロとついていく金澤が盛大なため息をついた。
「迷子も勘弁してくれ………」
「先生」
 香穂子はその背中を軽く叩いて励ました。


 狭い喫煙コーナーで煙草を吸っている金澤を見つけた香穂子は、手を振って金澤の視線を捕まえる。
「何だ。迷子か」
 吸っていた煙草を揉み消して、金澤は香穂子のほうへと歩み寄ってくる。
「迷子じゃないです」
「他のやつらとはぐれたんなら迷子だろ」
「自分の意志ではぐれたから、迷子じゃないです」
 金澤は片方の眉だけを動かす。
「なんだそりゃ」
 しかし、金澤は香穂子が一人わざとみんなと離れてここへやってきたその理由をわかっているはずだ。
 人混みに溢れる園内で、喫煙所はここだけじゃない。それをある程度の予測は付けてであるが、一つ一つ探して金澤を見つけたその理由を。
「何か飲んでいくか?」
「はい!」
 人が並んでいるスタンドで飲み物を買ってきて貰う間、香穂子は植え込みの周りに積まれた煉瓦の上に座り、金澤の後ろ姿を見つめながら待つ。
「ほれ」
「ありがとうございます」
 受けとったオレンジジュースを一口ストローで啜る。金澤は、香穂子の横に座って、自分の飲み物に口を付けていた。
「楽しいか?」
「はい、楽しいです」
「そうか」
 会話が途切れる。
 目の前を行き交う人々を見るともなく眺めながら、ただ並んで座っている。
 たったそれだけのことなのに、今日一番楽しい時間だと思えている。
「先生が、来てくれて良かった」
「………………」
 金澤は無言で返してきた。ただ、視線が香穂子を向いている。
「一緒に来たかったから」
 見つめ返すのは恥ずかしくて、香穂子は手元のジュースに視線を落とす。
「そしたら、こんなふうに二人きりになることも出来るし」
 ぽん、と軽く頭に手を載せられた。
「無理させて悪いな」
 何を指してそう言っているのか、問わなくてもわかっている。それは、香穂子が高校を卒業するまでの暗黙の了解。
 香穂子は気にしていないということを、首を振ることで示そうと思ったが、今、香穂子が口にしたこと自体がもう気にしているということに他ならない。
 だが、それは覚悟していること。それで金澤を困らせるわけにいかない。
「卒業したら、また来ましょうね。今度は最初から二人きりで」
「そうだな」
 金澤の手が香穂子の頭を離れる。香穂子は顔を上げて、ようやく金澤に目を向けた。金澤は香穂子から視線を外して、正面を向いている。その横顔をしばらく黙って見つめた。
 あと一年半。
 長いのか短いのか。
 だが、その時は必ず来る。
「っひゃあ!」
「な、なんだ!」
 突然、香穂子が声を上げたので金澤もぎょっと身を引く。
「携帯………」
 デニムスカートのバックポケットに入れていた携帯が震えたのだ。
「お前さんのこと、探してんだろ」
「そうみたいです」
 着信は天羽からだった。
 通話ボタンを押す前に着信音が鳴りやんだ。
「じゃあ、行かないとな」
「はい………」
 落胆を隠せない。みんなといるのは楽しいけれど、それ以上にもう少し金澤と一緒にいたかったから。
「別に、俺はどこにもいかないから。ちゃんと待っててやる」
 金澤は香穂子の背中を押して立たせた。
「今は行ってこい、香穂子」
 立たせられた香穂子は、金澤の言葉に大きく振り返った。
 金澤は顔を背けて、さっき全員を追い払ったときのように、香穂子に手を振っている。
「………………はい!!」
 頷くと、香穂子は頬を上気させてその場を駆け出した。
 とりあえず、今は、みんなと合流するために。

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また金やんと遊園地。しかし、それまでの前振りが長かったな………。志水だけはセリフなしで申し訳なかったけど、全員集合。ただ時期設定がコルダ後なので加地と吉羅がいませんが。甘さ控え目。単に、二人きりで出かけられないから、こういう時にちょっとしたチャンスを使って二人きりの気分になりたかった香穂子の話です。


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