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050.宿題

 最初から覚悟の上だった。ちゃんとそれはわかっていて、それでも。
 香穂子は金澤を好きになったし、特別な関係を望んだ。
 金澤と付き合っているということはもちろん誰にも内緒。天羽だけは何かに気がついているようだけど、その辺りのことには触れてこない。
 香穂子が卒業するまで、秘めておかねばならないこと。
 だから、おおっぴらにデートをすることも出来ないし、校外で二人きりで会うこともままならない。
 それが最近の香穂子には少しつまらない。
 普通の恋人同士のような付き合いはできないと、最初にそう言われて納得していても、やはりどうしても考えてしまうのだ。
 学校以外の場所で、二人きりでゆっくり会いたいなぁ、と。
「それで?」
 苦虫を噛み潰したような顔、というのはこういうことを言うのだろうか。
 音楽準備室で、机を挟んで香穂子の向かいに座っているのは金澤。
 無意識の動作だったのだろう。ズボンのポケットから煙草とライターを取り出して、その一本に火を付けようとして留まった。
「だから、先生の部屋にいったら、ゆっくり会えるかなと思うんです」
 今度はさっきよりもはっきりと口にした。
 それを聞くと、金澤は深い息を吐き出す。右手の指先が机の上に置いた煙草の箱を軽く何度も叩いている。
「却下」
「ええ!?」
 断られることは想定していなかったので、思わず大声になる。
「どうしてですか?」
 二人きりで会うこと。それに賛同してくれると思っていたのに。
「どうしてだろうねぇ」
 呆れが混じった声。
 あまりにも香穂子ががっかりしているのを見て、少し思うところがあったのだろう。金澤はその顔に苦笑を浮かべる。
「二人きりで会いたいのは、多分お前さんだけじゃないよ」
「なら………!」
「でも、それは却下」
 一瞬だけ浮いた心がまた沈下する。
「部屋に来るのだけは勘弁な」
 香穂子は口を尖らせる。
「人も呼べないほど、散らかってるからですか?」
「俺はわりかしマメな男だよ。休日は部屋中掃除して洗濯してちょっと凝った手料理なんて作ったりしてるぞー」
「………見たことないから、信じられません」
「そりゃあ残念だ」
 ここで「じゃあ見に来るか?」という言葉は金澤から引き出すことは出来なかった。そう香穂子の思い通りになるような相手じゃないことは重々承知してはいるが。
「私に見せられないようなヘンなものがあるとか」
「例えば?」
「えっ………と」
 逆に問われて言葉に詰まる。
「わからないけど、何かヘンなものです!」
 勢いでごまかした。
「じゃあ、実は奥さんを隠している! もしくは内縁の妻がいる!!」
「………お前さんの考えることは相変わらず突拍子もないなぁ」
 また呆れられた。だが、自分でもおかしなことを言っているのはわかっていたので、大人しく引き下がる。
「俺にはそんな甲斐性はないって。一人で充分」
 机に肘を付いて、斜めに香穂子を見る金澤の視線に香穂子は顔を赤らめる。
「何で部屋に行っちゃ駄目なんですか!?」
 照れているのをごまかすように、また質問をぶつけた。顔に出ているのだからごまかすもなにもないのだが。
「そんなのは自分で考えるように。答えがわかったら、部屋に来てもいいぞ」
「えっ!?」
「ただし、独力で考えること」
「う………わかりました」
「そんじゃー、それは宿題ということで。ほれ、そろそろ下校時間だ。用のない生徒はとっとと帰った帰った」
 手のひらでひらひらと追い払われる。それに少しムッとしつつ、それ以上にこの場を離れがたい気持ちになりながらも、出口へと足を向けた。
「気をつけて帰れよ」
 背中にかけられた優しさを含んだ言葉に、一瞬にして心が軽くなる。我ながら厳禁だと思うけれど、たったそれだけのことが嬉しいと思える。
「はい! それじゃあ、また明日」
「おー」
 金澤の顔を最後まで見ながら、香穂子は音楽準備室のドアを閉めた。

 ドアの前から香穂子の足音が離れていくのを確認してから、金澤は座っていた椅子の背にどさっと背中を預ける。
 手探りで机の上に出しっぱなしにしていた煙草を引き寄せ、今度こそ火を付ける。
 紫煙と共に大きなため息を天井に向かって吐き出した。
「なんつーことを言い出すんだか………」
 ぼやきが紫煙を追っていく。
 部屋に呼べるわけがない。今はとにかく自重しなければならない時期だというのに。それをぶち壊してしまうような危険な行動には出られない。
 わざわざ自制心を試されるようなことは遠慮願いたい。今だって、充分自制心が戦っているのだから。
「さて………」
 香穂子は正解を導き出すだろうか。
 もし、正解を導き出したとして。
 それでも果たして金澤の部屋に来たいと言うだろうか。
 金澤はもう一つ、紫煙と一緒にため息を吐き出した。

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また衝動的にSS。ポッと思いついただけの小咄。サブタイトルは「頑張れ、金やん」。「次回までの宿題な」という金やんのセリフが浮かんでから、そこから冒頭へと話を繋げていった話です。ちょっと金やんがエネルギッシュかもしれない?? ま、男ですからね。最初はずっと金やん視点でいこうかと思いましたが、余りにも生々しくて金やんが可哀想だったので、天然入っている香穂子視点で。最後の金やんのモノローグは入れないつもりでしたが、わかりやすくするために挿入しました。どうでしょう?

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