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067.喧嘩

「えっ!? 金やん!?」
 その日の朝。
 登校してきた天羽菜美は正門前で会った金澤の顔を見て目を丸くした。
 ばつが悪そうな顔をして、金澤は「あんまり見るな」と低い声で言い手で追い払う仕草をする。
「ぷっ」
 たまらなくなって天羽は吹き出した。
「あははははははは!!」
 正門前に天羽の大きな笑い声が響き渡り、登校途中の生徒たちが何事かと振り返る。
それに反して、金澤はますます渋い表情になる。
「あははっ………あはっ、ひー、お、おかしい………」
 腹を抱えて、体まで折り曲げて天羽は笑い続ける。
「おっはよ! どーしたの、楽しそうだね!」
 そこへ火原が通りかかった。
「あ、あはは………っ。火原先輩、おは、おはようございます」
 笑いの間から絞り出すように声を出した天羽は、目尻に浮かんだ涙をぬぐう。
「金やん、おっはよ…………」
 笑い転げる天羽に気を取られていたので、改めてそこにいた金澤に目を向けた火原は、そのまま十秒ほど固まる。
「か、金やん………」
 次にくる火原の反応が予想できて、金澤は更に渋い顔をする。
「あはははは!! 金やん、ヒゲなくなってるー!!」
 あろうことか、火原は指まで指した上で盛大に笑い出した。つられるように天羽も再び笑い出す。
「お前らなぁ………。俺だって好きでこうなったんじゃないんだぞ」
 笑い止まない二人を前に、金澤はげんなりと、そうぼやいた。


 事の起こりは三日前の土曜日。
 香穂子と校外で会うのは専ら金澤の部屋だった。
 教師と生徒という立場上、大手を振って街中を連れ立って歩くことは出来ない。
 その為考え出したデート先が自分の部屋だったわけだが、これも金澤にとっては複雑で微妙なデート先ではあった。
 何しろ、さほど広くないワンルーム。確かに年も三十を超えれば落ち着くことは落ち着いているが、それとこれとは別問題である。好きな女と二人きりというのは、どうにもこうにも据わりが悪い。
 また、何でもないことのように、平然と興味のない振りをするものだから、余計に疲れる。外出して他人の視線に気を配るのも疲れるが、これも疲れる。
 そんな状態のところで、その日香穂子は「料理を作る!」と張り切ってやってきた。どんなものかと最初は黙って見ていたが、一通り自炊の出来る金澤の目には危なっかしく映った。手を出そうとすると「だめ!」と強く言われ、香穂子の背後を熊のようにうろうろしていたら「あっちへ行ってて下さい!」と押し返されてしまった。
 やけに大きくて分厚くて裏側が焦げたハンバーグがテーブルの中央に運ばれて来た時には既に日が落ちていた。
「さ、どうぞ」
 満面の笑みを浮かべて促す香穂子に言われるがまま、金澤は箸をのばす。
 どれだけの力を入れてどれだけ捏ねたのだろう。ハンバーグを一口分切り分けるのにずいぶん力がいった。
 口に入れると、ハンバーグの焦げた香りが広がる。ちなみにソースも焦がしたらしい。
「どうですか?」
 一口目を嚥下したところで、香穂子はにこにこと訊いてきたが、答えようがない。ああ、とかうんとか適当に返して、二口目を口に含んだ。
「…………………」
 ひたすら無言で噛み下しながら、今切り取ったハンバーグの面を見てみる。分厚い。分厚いからしっかり焼こうとして焦がしてしまったのだろう。それはわかる。わかるがしかし。
 生焼け、なのである。
 これはどうしようか。
 言った方がいいのだろうか。
 ハンバーグに視線を止めたまま動かなくなった金澤を怪訝に思った香穂子が「先生?」と身を乗り出してきた。一緒になってハンバーグを見る。
「あっ、やだ、焼けてない!」
 助かった、と思った。自分で気が付いてくれた。
「ごめんなさい!! つ、作り直します!!」
「ああ、いや、作り直さなくていいから。ちょっとオーブンで焼くからさ」
 箸をくわえ、皿を手に台所へ向かう。その後ろを香穂子がついてきた。
「ごめんなさい………」
 しょげ返っている声に金澤の口元に笑みが浮かんだ。
「気にするな」
 皿の上のハンバーグを包丁で一口サイズに切ってから、オーブンレンジの中へ移動させる。
「…………やだな……」
 中まで焼けたハンバーグを二人でつつきながら、ぽつりと香穂子が言う。
「どうした?」
「だって、先生、一人でいろいろ出来るんだもん。お料理だって私よりずっとずっと上手だし」
「そりゃあ、何たってお前さんの倍近く生きてるからなぁ」
「けど………」
 俯き加減の香穂子の頬が膨らむ。
「いつも先生にごちそうして貰ってばっかりだから、たまには頑張ってみようって思ったのに………」
 ごくり、と音を立ててハンバーグが喉を通っていった。
 自分でもどうかしてると思う。
 一回り以上も年の離れた、小娘と言っても差し支えないくらい。
 それなのに、たまに見せる表情や仕草がとてもいとおしく感じる。
 コンコン、とテーブルの隅を叩いて香穂子の顔を上げさせると、手招きをした。
 おとなしく香穂子はテーブルを迂回して金澤の横に正座する。
 その頭をぽんぽん、と二度軽く叩いた。
「まあ、その、何だ。その気持ちだけで充分だから」
「本当に?」
「ほんとほんと」
 上目遣いでじっと見つめられて慌てて頷いた。
 年上なのに。三十歳をとうに過ぎたというのに。どうしていちいち反応してしまうのだろう。
「先生?」
 黙り込んでしまった金澤の顔を身を乗り出して下から覗き込んでくる。
「先………」
 更に金澤を呼ぼうとした香穂子の口を自分のそれで塞いでしまう。
 顔を離したとき、香穂子の目はぱちくりと開かれていたが、次第に頬が紅潮していく。
 それが可愛くてふっと笑みをもらしたら、今度はその赤い頬がぷうっと膨れた。
「何で笑うんですかっ」
 何だ、余韻も何もあったもんじゃないな、と思いつつ「何でもないよ」と返したが、その返事は香穂子のお気に召さなかったようで、ますます膨れた。
「先生ってずるい! いつだって余裕で、笑ってるんだもん」
「おいおい………」
「そりゃあ、先生の半分しか生きてないし、経験豊富じゃないし、子供だけど! でも努力はしてるもん」
「余裕なんかないぞ、俺だって」
「嘘ばっかり!」
「嘘じゃないって」
 おかしい。
 どこをどう間違えたのだろう?口論になっているのは、なぜなのか。
「香穂子」
 背中を引き寄せ、再びキスをしようとした金澤だったが、その顔を香穂子に手のひらでぐいっと横へ向かせられてしまった。
「やだ!」
 香穂子の背中に回した手が抵抗を受けている。香穂子は思いっきり仰け反っていた。
「いてて………おい、香穂子」
 横顔が力一杯押されている状態で、首が痛い。手の力を緩めたら、するりとそこから香穂子は抜け出した。
「………いて………」
 首をさすりながら香穂子に目を向けると、香穂子は金澤を睨みつけるようにして見ていた。
「私、先生がその無精ヒゲ剃るまでキスしない!」
「は?」
「ちくちく痛いし、顔が汚く見えるし、そんなの嫌!」
「………………………………」
 時々、香穂子の考えることがわからなくなる。
 多分今回は照れと悔しさが半分ずつで憤りになったのだろうとは思うのだが、なぜ今更このヒゲが問題になるのだろうか。
 そのまま部屋を飛び出して行ってしまった香穂子をぽかんと見送っていた金澤は、やがてため息をつきながら後頭部に手を当てた。
 確かに、無精ヒゲではある。が、今やこれは金澤にとってトレードマークの一つで、自分でも悪くないんじゃないかと思っている。だから、結構苦労して無精ヒゲに見えるように毎日整えていたりするのだ。
 これまで香穂子も何も言わなかったから、まさか汚いと思われているとは全く考えていなかった。
 とはいえ、言いなりになって剃ってしまうのは抵抗があった。
 日曜日をまったり過ごし、そして迎えた月曜日。
 前日の夜、少し考えたが結局整えるだけにしておいた。
 そして、月曜日、偶然を装って香穂子と屋上で顔を合わせたとき。
 香穂子は無言で立ち去ってしまったのだった。
 ヒゲを剃るまでキスしない、というだけではなかったのか? それと怒りは連動しているのか? そう訊きたかったが、当の香穂子は怒ったまま既に立ち去っている。
「おいおい………勘弁してくれ………」
 キスが出来ない、のはいくらか差し支えがあるが、何より口もきいてくれないのは精神的によろしくない。放っておいたら、更に香穂子はへそを曲げてしまうだろうということも容易に想像がつく。というよりも、あんな形で怒り出した香穂子だ。仲直りしたくとも、きっと自分で言い出せないに違いない。とすれば、大人の自分が折れてやるしかないのだが。
 だがしかし………。
 そうして、金澤は一日かけて逡巡した末、決心をしたのだった。

 相変わらず笑ったままの二人の後方に、見慣れた姿がある。香穂子だ。
 思わず名前を呼ぼうとして思いとどまった。
 大笑いしている二人がいるから目立つのだろう。迷わずこちらへ歩いてくる。
「おはようございます」
 声がかかって、笑い続けていた天羽と火原は後ろを振り返る。
「お、おはよ……」
「おはよ。ねぇ、ちょっと見てよ」
 天羽が金澤を指さす。
「ひ、ヒゲがなくなってんのよ! おっかしーでしょ!!」
「あ、ほんと」
 しらっと香穂子は金澤を見て、天羽に頷いていた。
「金やんが、金やんじゃないよねー!!」
 火原までもが指さして香穂子に同意を求めている。
「お前ら………」
 そこへ予鈴が鳴り響いた。
 ほっと息をつく。これでようやく馬鹿笑いから解放される。
「おら、教室へ行け。遅刻するぞ」
「はぁ~い」
「へーい」
 手で追い払うとそれぞれの校舎へ向かって歩き始める。天羽と火原は笑いを残したままだが。
 天羽から一歩遅れて香穂子が校舎へ行こうと金澤の横を通り過ぎる瞬間を逃さなかった。
「覚えてろよ、香穂子」
 耳元で小さく告げる。
 ばっと振り向いた香穂子に、意地の悪い笑みを見せると金澤は踵を返して、職員室のある建物へと足を運んだ。

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なんだか反則技を使った気分。金やんのED(2回目の「街へ出よう」ED)を見た後に思い立って勢いで書き上げたお話です。火原っちのより甘いような気がするのは気のせいではないはず。なんでかなぁ。やっぱりキャラクターのせいなのかなぁ。まあ、半端に甘いだけなんですけどね。金やんの無精ヒゲはずっと気になっていました。あれは本当に無精ヒゲなのか、それともお洒落(?)なのか………。私は基本的に無精ヒゲが嫌いです。作中の香穂子ではないけど、チクチクするのがいやだし。でも金やんのって既に金やんのスタイルとして取り込まれているようなので、あれは意識的に無精ヒゲにしているのだ、ということにしました。オトナのこだわりってやつ(?)。で、それがなくなったらおかしいだろうなぁ、と思ったのが始まり。冒頭の天羽ちゃんの大笑いが浮かんで書き始めました。当初火原っちは出る予定がなかったのですが、そこは愛ゆえ(笑)。そこからどうしてヒゲを剃るはめになったのかというエピソードを盛り込んだら、あんな話になってしまいました。………香穂子の怒りは唐突すぎな気がしないでもないです。
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