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082.クリスマス

「クリスマス、ねぇ………」
 白く色づいた息と共に呟きにも似た声を零す。それは瞬く間に周りの空気と同化して消えていってしまった。
 がさりと、音を立てて片手に提げていたスーパーのビニル袋を持ち直す。
 既に街中はクリスマス一色だった。帰宅途中にある近所のスーパーですら例外ではなかった。決して賑わっているとは言えないスーパー。品揃えも必要最低限のものしか置いていないようなこぢんまりとした店である。スーパーというよりはむしろ商店の大きいものと言う方がしっくりくる。とても地味で目立たない。だが近所の人からすれば、こんな店でも無いと不便。
 時間の経過を忘れてしまったような、取り残された感のある店だが、それでもクリスマスは忘れては居なかったらしい。それが決してお洒落とは言えない、一体何年前から同じ飾りを使っているのか突っ込みたくなるほどのものであっても、一応クリスマスらしく飾り付けられていた。
 そのスーパーのビニル袋が金澤が歩くのに合わせてがさがさとささやかな音を立てている。
 正直なところ、金澤にとってクリスマスはどうでも良かった。クリスマスだからとはしゃぐ連中がいるのも、はしゃぎたくなる気持ちもわかる。だが、金澤自身は取り立ててはしゃぎたいとも思わない。
 コートのポケットからタバコを取り出し、一本だけ器用に口に銜えた。火のついた先っぽからゆらゆらと立ち上っては金澤の後ろに流されては、太陽が完全に姿を消した黒い空に吸い込まれていく。


「香穂子ちゃーん!」
 エントランスを出ようとしたところで、名を呼ぶ大きな声に香穂子は立ち止まった。
「火原先輩、こんにちわ」
 声のしたほうを振り向けば、火原が全力で駆け寄って来ていた。
「ねえ、今度の金曜日暇っ!?」
 香穂子の目前でぴたっと立ち止まると、火原は即座に用件を切り出す。
「今度の金曜日ですか?」
 わざわざ考える必要も無かった。その日のことは毎日のように考えていたから。
「えっと………」
 特に用はない。約束もない。だから暇だと言われれば暇であるが―――。
「あのさ、みんなでクリスマスパーティしようと思って。柚木もいいねって言ってくれたし、今年最後にみんなでぱーっと騒ぐのも絶対楽しいよ! これから月森君とか土浦も誘いに行くんだけどね。おっきなケーキ買って、料理もいっぱい用意してさ。プレゼント交換もするんだ!」
 その時の様子を思い浮かべて、満面の笑顔になっている。そんな火原を見ていると、それだけでもう楽しそうな気がしてくるから不思議だ。
 けれど。
 その人の顔が脳裏を過ぎる。
「ごめんなさい。その日は………」
 用もない。約束もしていない。
 一緒に過ごす予定なんてない。
「あ、ごめん。そっか………そうだよね。用事、あるよね」
 火原が目に見えてがっかりしている。その落ちた肩を見て香穂子は慌てて「ごめんなさい」と更に言葉を重ねる。
「折角誘ってくれたのに、本当にごめんなさい!」
 更に頭を下げた。
「ううん、香穂子ちゃんが謝ることじゃないよ。残念だけどしょうがないよね」
 火原の顔には笑みが戻っていたが、さっきまでの弾けんばかりの笑顔ではなくて、少しそれは寂しそうに見えた。
「じゃあ、また今度誘うね。みんなと遊べるのはクリスマスだけじゃないしね! じゃあね!」
 来たときと同じく火原は走って香穂子の前から去っていった。
 その背中を見送る香穂子の中に残ったのは僅かな嫌悪感。
 予定もないのに断ってしまったこと。火原をがっかりさせてしまったこと。そして、そんな自分に。
「香穂?」
 背後からぽんっと軽く肩を叩かれて「ひゃっ」と奇妙な声を上げてしまった。
「何をぼーっとしてんの?」
 怪訝そうな声と顔で香穂子を横から覗き込んできたのは天羽だった。
「ううん、何でもないよ」
「そんなわけないでしょ。そう言えば、香穂、来週のクリスマスパーティは来ないんでしょ?」
「どうしてそれを!」
 ぎくっと顔を強ばらせる。
「予想のうち。クリスマスパーティのことは昼休みに聞いてたんだけどね。香穂は不参加なんだろうなって思っただけよ」
「………さっき火原先輩が誘ってくれた」
「断ったんでしょ?」
 無言で頷く。ぎゅっと鞄を抱える手に力を込めた。
「イブだもんねぇ。………やっぱ恋人と過ごしたいわよねー」
「うん………」
 香穂子の声が小さかったものだから、天羽は眉を顰める。
「何よ? 金やんと約束してるんじゃないの?」
 耳元で天羽が囁く。その囁きに香穂子は首を振ることで返事をした。
「何で!?」
 声を荒げた天羽を慌てて宥める。
「ごめん。でも何それ。どういうこと? ちょっとゆっくり話そう」
 そう言うや否や、天羽は香穂子をずるずると引っ張ってエントランスの端のほうへ移動する。
「あんたたち付き合ってたのよね? まさか別れたとかじゃないわよね?」
 天羽は香穂子と金澤が付き合っていることを知っている数少ない人である。校内では天羽だけが知っていると言っても過言ではない。だから、何かあると天羽に相談していたし、天羽もそれをよくわかって香穂子のいい相談相手になっていた。
「そうじゃないの。………ただ一緒に過ごす約束をしてないだけだよ。だって先生、そういうの興味ないんだもん。どうでもいいって思ってるみたい。むしろクリスマスだからってはしゃいだら迷惑になりそうで。だから言い出せないの」
 本当は一緒に過ごしたい。やっぱりクリスマスは恋人たちのイベントである、という観念が香穂子の中にはあるから。
 予定もないのにクリスマスパーティの誘いを断ったのは、金澤と一緒に過ごすことに未練があるから。
 そして、そんなふうに未練を残している自分が、とても惨めで。
 もしかしたら、もしかしたら。
 そんなことばかり毎日思っている。
「あー………そうねぇ………」
 金澤がイベントごとに無頓着であるというのは天羽でも容易に納得できることではあったようだ。
 だが、そこで怯まないのが天羽である。
「でも、それが何よ。可愛い彼女が一緒に過ごしたいって思ってるんだから、それに応えるのが男の甲斐性ってもんでしょが」
 何故か天羽は腰に手を当てて胸を張っている。
「言っちゃえばいいのよ。私のお願いが聞けないの!? ってね」
 天羽の言いっぷりに香穂子はぷっと吹き出した。


 練習を始めるのが遅かったので、いつものようにやっていたら、気づいたときにはとっぷりと日が暮れていた。もともと最近では日が落ちるのが早い。五時半を過ぎてしまえば外はもう真っ暗だ。
「うわ、寒ーい」
 思わず口をついて出てくる。
 ほわほわと白い息がそれを追って出てきた。
 エントランスを抜けて、妖精の像の傍まで来たところでコートのポケットに入れていた携帯電話が軽快な音を鳴らし始める。今ではもうすっかり慣れたけれど、着信音は「愛のあいさつ」。この曲が流れるのは金澤の時だけ。自分で設定しておいて、初めは何度も着信音に照れていた。
「はいっ、香穂子です」
 急いで出たから、声まで焦ったようになってしまう。
 正門まで続く石畳に沿ってオレンジ色の外灯が点っている。それに照らされながら、香穂子は電話の向こうから届く声に耳を傾ける。
『今から帰るのか?』
「はっ、はい!?」
 肯定したというよりも、その質問内容に驚く。こんなにタイミング良く帰る時間を見計らったように電話をしてくるなんて。しかも今日はいつもより遅くなってしまったのだ。
 どこかから見られているのかと思って慌てて周りを見渡しても、暗がりの中ではその姿を見つけることは容易ではない。振り返る校舎の所々には明かりが点いているところもあるが、そこにも金澤を見つけることは出来なかった。
『ちょうど渡り廊下でエントランスから出たところを見たんだよ』
 あっさりと解答が与えられた。
「つい夢中になっちゃったんです」
 答えを聞くと「ああそんなことか」と思う。
『それは結構なことだが、暗くなるのが早いんだからな。俺はもう少し仕事があるから送っていけないけど、充分気をつけるように』
 ただ姿を見かけただけで、それだけでも心配して電話をしてくれる―――。
 そのことが香穂子を嬉しくさせる。自然と口元が緩む。
「はい」
 今なら言えそうな気がした。
 ずっと金澤から言ってくれることを待っていたが、それじゃ駄目だ。そうしたいのなら、クリスマスイブを一緒に過ごしたいのなら、そう自分から伝えなければ。
 香穂子は少し強く携帯電話を握りしめた。心臓が自分に聞こえるほどの音を立て始める。
 静かに息を吸い込む間、沈黙が訪れる。その間を妙に思った金澤が香穂子の名を呼ぶのに、香穂子の勢いづいた声が綺麗に重なる。
「来週のクリスマスイブの日、一緒に過ごしたいです!」
 前振りも何もなく唐突に言い出したから、金澤はちょっと面食らったようだ。
 今度は金澤のほうで間が空いた。
 それは束の間のことだったけれど、心臓の音が耳についている香穂子にとっては長く感じられた。
 さっき出てきたばかりの外は寒かったのに、いつの間にかそれは思わずにむしろ暑いとさえ感じている。携帯電話を握った手のひらが汗ばんでいる。
『別にクリスマスイブじゃなくとも一緒に過ごしてるだろう』
 返された言葉に、すうっと汗が冷たくなる。ほんわかしていた気持ちが冷めていく。
 予想出来ていた反応。わかっていたのに、それでも気持ちが沈んでいくのを止められない。
 けれどこのまま引き下がるのも口惜しい。そんな簡単に諦められない。
「でも、やっぱり特別な日だから、一緒にいたいです」
『………特別ってなぁ………』
 困惑を隠さない口調。
『そこに拘ることも………』
「わかりました!」
 更に言葉を継ごうとしていた金澤を遮る。
「先生の言いたいことはわかってます! だからちょっと言ってみただけです!」
 悔しい。
 目頭が熱くなる。涙が浮かびそうになるのを必死で堪えた。こんなことで泣くのは駄目だ。
『ちょっと待った。何を怒っている?』
「何も」
『何もってことはないだろうが』
「ないものはないです! それじゃあ失礼します!」
 これ以上話しているのはきつかった。電話で良かった。切ってしまえばいいから。
 けれど。
 電話を切った後で香穂子の中に残ったのは、寂念感だった。
「先生のばかぁ」
 口にしたらもっと悲しくなってきた。
「もう知らない」
 自分の言っていることはそんなに突飛で困らせるようなことだっただろうか。
 そんなこと、ないと思う。
 トボトボと家路を歩く。携帯電話を握ったままコートのポケットに片手を突っ込んで、視線は自分の足下に。
 外灯に照らされて伸びた自分の影が目の前で動いている。明かりから遠ざかると周囲の黒にとけ込んでしまいそうになる影。でもすぐに次の明かりを見つけて姿を現す。それを見るともなしに見ながらゆっくり歩く。
 頭の中は空っぽになっていた。
 だから、気づかなかった。
 背後に人が近づいていたことに。
 自分の影が急に長く伸びてようやく香穂子はそのことに気づいた。
「歩くのが遅くて助かった」
 その声に香穂子は顔を上げる。勢いよく振り返ると僅かに仰け反った金澤がいた。外灯を背後にしているからその表情ははっきりとわからないけれど、少し笑っているようだ。
 口からはタバコの煙ではない、白い息が次々に出ている。ここまで走ってきたのだろう。肩が上下している。
「先生………」
 足を止めて体ごと金澤のほうを向く。
「話の途中で電話を切るな」
「すみません」
 条件反射のように謝る。
「それから人の話は最後まで聞くように」
「はい………」
 何故追いかけられてまで注意を受けているのかわからない。そのことに思考を回す余裕がないほど香穂子は仰天していた。
 金澤が走って香穂子を追いかけてきたことに。
 校内ならともかく、外ではどう見ても寒いとしか思えない、シャツの上に白衣を引っかけただけの姿で。
「あのな。言葉が足りなかったかもしれんがな、クリスマスだから特別とかそういうのはあんまり関係がないと思うぞ」
「でも!」
 香穂子は咄嗟に反論しかけて、だがそれは金澤の手のひらに制される。最後まで話を聞け、ということだ。
「クリスマスだろうが、クリスマスで無かろうが、一緒に過ごすことに変わりはないと思うんだが。………まぁ、クリスマスだからと張り切りたくなる気持ちもわからんでもない」
 金澤は一息置いた。息を整えている。
「だから、お前さんの言う特別なクリスマスを俺に体験させてくれ」
 その言葉の意味が香穂子の中に浸透してしまうまで、しばしの時間が必要だった。
「え………っと………」
 香穂子が理解するのを金澤はただじっと待っている。
 つまり。
 それは一緒にクリスマスを、それも特別なクリスマスを過ごすことが出来るということで。
「わかりました!」
 ぱあっと香穂子は顔を輝かせる。
「私、頑張りますね! 最高で特別なクリスマスにしましょうね!」
「おー、頼んだぞ」
 そう言いながら金澤は顔の前で拳を握る香穂子の頭を軽く二度ほど叩く。
「楽しみにしてる」
「はい!」
 元気よく頷く香穂子を見て、金澤は眩しそうに目を細め口元に笑みを浮かべた。

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久しぶりの、本当に久しぶり(こんなに間を空けたことはいまだかつてあっただろうか)書いたコルダ創作は金日のクリスマス話。一週間ほどずれていますが、書き上げたのは一応クリスマス前だったのですよ! アップする時間がなかっただけで。尚、こちらはサイト一周年記念にと書いて差し上げた(というより押しつけた?)ものです。それがなかったら、小説もっと書いていなかったかも。クリスマスをネタにしておきながら当日の話でもクリスマスっぽいことも何もない話になってしまった………。当日まで入れようかと思ったけど、書いているうちに収拾がつかなくなり締まらなくなったのでやめました。金やん、というかそのお年頃の独身男性は(人それぞれであることは重々承知していますが)口で言うほどイベントを重要視していないような気がして、あんな金やんです。でも、私も似たり寄ったりのことしか思っていないです。やっぱり年が近い分金やんに同調しやすいかも。イベントごとをどうでもよさそうに思う金やんに対して、まだまだイベントごとは大事な香穂子さんのお話を狙ったのですがうまくいっているのでしょうか? もっと香穂子さんを天真爛漫に書いてもよかったのですが、ここはひとつ金やんに合わせたい気持ちも持ち合わせている香穂子さんで。これ、書いたらなんか金日(というか金やん)書くのが楽しくなってきたような気がします。
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