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095.卒業式

「香穂、行くよー!」
「ごめん、先に行っててー! 追いかけるから!」
 既に廊下を走り出していた香穂子は後ろを振り返ると、手にした賞状筒を振ってそれに応えた。
 階段を駆け上がり、息せき切って辿りついた先は、金澤のいる教務室。
 一応ノックはしたものの、返事を待たずに香穂子はドアを開いた。
「先生っ。卒業式済んだよ!」
 窓際に立って下を眺めていた金澤はのっそりと香穂子のほうを振り返る。その手には紫煙をくゆらせているタバコと、かつて香穂子がプレゼントしたことのある携帯灰皿。
「俺も式には出席してたんだからわかってるよ」
 火の点いたタバコを灰皿でもみ消しながら、体を窓枠に凭せ掛ける。
「………もうちょっと喜んでくれてもいいのに………」
「喜んでるように見えないか?」
「見えません」
 香穂子は窓際の金澤のほうへ歩み寄っていく。
 携帯灰皿をポケットにしまいこむ一方で、空いたもう一方の手が香穂子のほうへ差し出される。
「賞状、見せてみろ」
「はい」
 筒ごと金澤に渡した。
 ぽんっと音を立てて筒の蓋が外される。筒の口を斜め下に向けて中の卒業証書を滑らせた。賞状だけを手に取ると、筒の方は窓枠に載せた。
 くるくると丸まっていた卒業証書を両手で広げると金澤はそれにさっと目を通した。
「殺風景な賞状だなぁ」
「そうですか?」
 香穂子は金澤の横から一緒に卒業証書を見ようとして、金澤に制される。
「正面に立つように」
 金澤の意図がわからず、きょとんと首を傾げつつも香穂子はそれに従った。
「えー、それでは」
 金澤も窓枠から身を離し、直立する。
「卒業証書。日野香穂子」
 それを聞いて香穂子もぴしっと姿勢を正した。
 金澤はそのまま卒業証書の内容を読み上げると、香穂子に手渡す。香穂子も卒業式と同じ要領でそれを受け取る。
「おめでとさん。頑張ったな」
 最後に金澤がそう付け加えた時、香穂子の目からぽろっと涙がこぼれた。
「あ、あれっ」
 泣き顔を見せたくなくて、笑おうとしたがその笑みも引きつってしまう。
「やだな。本番では泣かなかったのに、なんで……」
 金澤の大きな手が香穂子の頭上に置かれる。暖かく、優しく。それが心に染みてますます涙が止まらない。
「本当に頑張ったよ、お前さん」
 香穂子はただ頷く。
「俺も頑張ったけどな」
 溢れる涙を拭っていた香穂子はその口調に顔を上げた。
「あはは」
 今度は自然に笑いがこみ上げてくる。
「笑い事じゃないぞー。本当に頑張ったんだからな、俺は」
 笑い出すとそれがまた止まらなくなる。
「我慢してたことも我慢しなくて良くなるしな」
「え?」
「お前さんだってそうだろう。俺と出かけるのも楽になるし、こそこそする必要もないからな」
「……………そうですね」
 涙を払い、香穂子は微笑んだ。
「それじゃ。学校は今日で卒業だけど、これからも宜しくお願いしますね」
 ぺこり、と頭を下げた。
「おう。………さ、お前さんは今からクラスで卒業コンパがあるんだろ。行った行った」
「ひどーい。そんな追い払うような言い方」
「別に追い払ってなんかいないけどな。卒業したらあえなくなるヤツもいるからな。そういう集まりは大事にした方がいいさ。俺たちは明日でも会おうと思えば会えるがな」
 金澤の最後の言葉を聞いて、香穂子はくすぐったそうに笑った。
「はい! じゃあ、行ってきます!」
「行ってこーい」
 金澤の見送りを受け、香穂子は教務室を出て行った。
 残された金澤がぽつりと呟く。
「…………ほんっとに頑張ったよ、俺」

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短い。そして甘くない。ま、いつものことか。学校の誰にも内緒で付き合ってきたから、いろいろと我慢してきたことがあるんでしょうね。この二人。しかも、金やんのほうがいっぱい我慢してそう。いろいろ(笑)。ええっと、コメントすることないなー。………あ、そうそう。二人だけの卒業式、みたいなことをさせたくてこの話を書き始めました。ちょうど話の真ん中あたりですね。お互いに頑張ったねって。本当は卒業証書の内容も読み上げさせようかなーと思っていましたが、卒業証書の文面が分からなかったし(調べたけどイマイチだったし、自分の卒業証書を引っ張り出すのも面倒だった)最後の卒業日もかけなかったし(だって平成何年って限定できないから……)、そんなわけで地の文で流させていただきました。

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