響也が歩くリズムに合わせて、かなでの足がゆらゆら揺れる。揺れる度に開放感に溢れる足の裏が夜の空気に触れて気持ちが良い。親指と人差し指の間は少しヒリヒリとするけれど。
「重くない?」
響也の後頭部に向かって問いかける。即時、不機嫌そうな響也の声が返ってくる。
「余計な心配すんなって、何度言ったらわかんだよ」
不機嫌そうというか、少なくとも機嫌が良いわけではないだろう。
それがわかっていても、かなでには響也の背中が心地良い。
響也の肩に載せた手や、触れている太ももの部分から伝わってくる響也の声の響きがかなでの中で震える。その震えが心地良いのだ。
だから、さっきから何度も話しかけては返事をして貰っている。
「花火大会、途中で帰ることになってごめんね」
「どっちかっていうと、かなでが楽しみにしてたんだろ。残念なのはかなでのほうだろ」
菩提樹荘までの道のりは、今は静かなものだが、さっきまでは背後からドォーンという重低音が追いかけてきていた。ドォーン、パラパラパラ。振り返ってみればもしかしたら花火を見ることが出来たかもしれないが、背中に負われている状態で、自分だけ花火を見るというのは気が引ける。
かなでのほうが、なんて言っていた響也だが、人ごみの中をわざわざ出かけていこうなんて思ったくらいには、響也も花火大会を楽しみにしていたはずなのだ。
それを途中で切り上げることになったのは、かなでのせい。
今日の花火大会を、かなでもとても楽しみにしていた。気合いも入れていた。
だから、ニアに手伝って貰って浴衣を着て、髪も結って、下駄を履いていそいそと出かけたのだ。
なのに、履き慣れない下駄は早々にかなでに苦痛を与えてくれた。最初は少しなら我慢できると自分を誤魔化していたけど、すぐに絆創膏を貼ったくらいでは誤魔化せないくらいに痛みが強くなり、もう一歩も歩きたくないと思うまでには、さほどの時間を要しなかった。
それでも、水を差してはいけないと、足が痛いなんて言わなかったかなでの苦痛を察して「帰るぞ」と言ったのは響也だった。
痛いとは言わなかったが、痛みを堪えて言葉数が少なくなっていたことがつまり、かなでの苦痛を表現していたわけだ。
少し休めば大丈夫というかなでを背負うと強引に決めたのも響也。
かなでの幼なじみは、びっくりするぐらいかなでの様子に聡かった。
だから、無駄な抵抗はせずに、大人しく響也の背中に体を預けた。密着するにはちょっと暑いから遠慮したけれど。
響也に背負われるのはどのくらいぶりだろう。もうずっと幼い頃の記憶しか無い。
そういえば、あの時は途中で落っことされたのだ。だって、響也とかなでの体の差はあんまりなかったから、響也は結構早い段階でよろよろしていた。
そんなことをふと思い出して、今の響也が一歩も蹌踉めかないことに気が付く。
あの頃と違うのはわかっている。響也のほうが背も高いし、背だけではなくて全てのパーツがかなでより大きい。
今、かなでが手を置いている肩も、体を預けられる背中も。
固くてしっかりしていて、力強い。
かなでと全然違う。
「なっ………!」
急に響也が声を上げて、今日初めて足下をふらつかせた。
だけど、かなでは動じなかった。響也の背中に体を密着させて、後ろから響也を抱きかかえるように手を回していたから。
むしろ、突然かなでがそうしたから、響也が足下をふらつかせたとも言えるのだが。蹈鞴を踏んで、響也の歩みが止まる。
「何、急に、何してんだよ!」
かなでを背負って初めて、響也がこちらを見ようとしたが、響也の肩に顎を押しつけて力一杯抱きしめると、その動きも止めてしまう。
熱帯夜の空気はまとわりつくように暑さしかもたらさない。だけど、響也と触れ合っている部分はもっと熱くて、でも不快ではなかった。
「ちょっと離れろ!」
「やだ」
「やだって………何だそれは!」
「このほうが安定して歩きやすいでしょ」
「歩きにくい!」
「いいからもう! 早く帰ろうよ」
「お前な………」
響也の口から盛大なため息が零れた。ゆっくりと足が動き出す。
熱いけど、さっきよりもっとずっと心地良い。
かなで自身、何故急に抱きつきたくなったのか、よくわからない。そうしたいという衝動に突き動かされただけだ。
「ねぇ」
「………んだよ」
不機嫌さが増したような気がする。声が少し低くなっている。
でも。
「一緒に出かけたのが響也で良かった。そうじゃなきゃ、こんなふうに背負って貰えないもの」
本当はきっとそんなに不機嫌じゃないと思う。
だって、すぐ横にある耳たぶが真っ赤だから―――。